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始まりの終わり

凱旋門賞は、今年も3歳馬有利の下馬評を覆して、古馬のエース格Dylan Thomas(父Danehill)が踏ん張りきった。A・オブライエン師はこのレース初制覇である。

種牡馬Danehillのポテンシャルの高さは言うまでもなく、リーディングを席巻している英愛・オセアニア以外でも、米・日・香港・ドバイなど各国でGⅠ勝ち馬を排出。距離もマイル~中距離を中心に5F(ナンソープ)から20F(アスコット金杯)、活躍に牡牝も関係なく、仕上がりが早い上に成長力も兼ね備えている。(弱点はダートがからきし走らないくらいかな)

Danehill自身は2003年に死亡。種牡馬入りした直仔もDanehill DancerやRedoute's Choiceなどが大成功しており、これから産駒を送り出したりDylan Thomasのように今後スタッドインするだろう馬もいる。孫以降の代で種牡馬となるケースも今後増えてくる。「活躍馬を出す」という種牡馬としての第1章はすでに終え、「後継にバトンを渡す」段階に入っている。

一気に血の繁栄が広がると、ふたつの現象が想定される。

ひとつは同父系内での熾烈な競争である。種牡馬Aの血に希少性がある時点の「何でもいいからA」的な発想から、選択肢が増えると「より質の高いA」となる。種牡馬となるチャンスは増えるが、後継内での争いにより序列が形成され、必然的に淘汰される血脈も増えてくる。Danehillの場合は素晴らしい順応性と多様性を示しているので、各分野でのスペシャリストに分化しつつ、まだ発展していくだろうとは思われるが。

もうひとつはいわゆる血の飽和だ。世界的に血の交流が図られる現在、かつてのセントサイモンと同じ文脈で行き詰まりが起きるわけではなかろうが、裏を返せば低きに水が流れるがごとき趨勢も国や地域を越えるわけだ。この視点からみると、Danehillはその順応性ゆえに血の広がりが多発的・加速度的で、皮肉なことに父系として拡大基調の頂点に達するのは意外と早いのではないか、と私は思っている。

始まりの終わりなのか、終わりの始まりなのか。そんなことに想いを馳せた今年の凱旋門だった。

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