JCプロスペクター
JCDは石坂師&エルコン産駒の連覇となり、JCはアドマイヤムーンが天皇賞の敗戦から巻き返した。両レースとも実績馬の勝利という意味では順当な結果ともいえようが、しかしなぜかJCというレースはMr Prospectorが強いレースである。
レコードを記録したスピードを買われ、重賞未勝利でありながら種牡馬入りしたMr Prospectorは、1979年に早くもアメリカの2歳リーディングサイアーとなる。1982年にConquistador Cieloが初G1勝ちをもたらすと、Woodmanや*フォーティナイナー、Gulch、Seeking the Gold、Gone Westなど、列挙しきれない程の一流馬が後に続いた。その後卓越したスピードとパワーを武器に世界中でミスプロ父系は枝を広げ、ノーザンダンサー以降最も繁栄した父系となったわけである。
日本では1980年後半からミスプロ父系の競走馬が見られるようになり、1990年代に入ると*ジェイドロバリーや*アフリート、*ティンバーカントリーなど後継種牡馬が続々と輸入されるようになった。1994年、マーベラスクラウンのJC勝ちが日本でのこの父系初G1となるのだが、これが中長距離にシフトした「ミスプロらしからぬ」種牡馬Miswaki産駒によるものであったことは、なかなか興味深い。
ミスプロ系はこれ以後、*エルコンドルパサー(1989年)、*アルカセット(2005年)、アドマイヤムーン(2007年)と計4頭がJCの勝利を収めている。秋のG1シリーズをみると、天皇賞が*アグネスデジタル1頭のみで、有馬記念ではこれまでミスプロ系は未勝利。
牡馬クラシックでは皐月賞が未勝利で、府中2400という同じ舞台で争うダービーではキングカメハメハ1頭のみである。
またJCダートは、8回のうち半数の4回がミスプロ系に凱歌が上がっている(イーグルカフェ、*フリートストリートダンサー、アロンダイト、ヴァーミリアン)。もう一つのダートG1フェブラリーSは、G1昇格後の11回で2頭(*アグネスデジタル、アドマイヤドン)に留まっているのと対照的だ。
この程度のサンプル数ではもちろん統計的な意味はないが・・
日本競馬(特に中距離戦)はワンペースの先行力だけではそうそう勝ちきれないから、
ミスプロ系は短距離でスピードを活かすか、逆にペースが一度落ち着く距離で、内在するスピードを(先行力ではなく)最後の爆発力に転化するのが活躍のパターンである。そういう意味で府中2000M超という舞台は、後者のパターンが最も嵌りやすい舞台設定ではあるのだろう。
ところで本邦最初のミスプロ父系重賞勝利は、マーベラスから3年前、1991年スワンSの*ケイエスミラクル(父はマイナー種牡馬Stutz Blackhawk)だった。ケイエスはその後1番人気で迎えたスプリンターズS、4コーナーを廻って故障発生、予後不良となった”悲劇の快速馬”。馬運車が響かせる悲しいエンジン音を、今でも忘れられない。
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