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奇跡は2度起きた-前編

先週の中山新馬戦を勝ちあがったマスターオブゲーム。その名前はもちろん3歳から7歳にかけてG2を6勝した偉大なる脇役、全兄バランスオブゲームにちなんだものである。
兄弟の父であるフサイチコンコルドは、デビューわずか3戦目で日本ダービーを勝利した常識破りの馬だった。

 

1993年2月11日。父にCaerleonを持つ1頭のサラブレッドが社台ファームで産声を上げた。母の*バレークイーンは未出走だが、その母Sun Princessは英オークスやセントレジャーを勝った名馬で、近親にはSaddler's Hall(コロネーションC)、Spectrum(英2000ギニー)、Petrushka(愛オークス・オペラ賞)などの一流馬が居並ぶヨーロッパでも屈指の名牝系なのだった。

「フサイチ」の関口オーナーに購入され、栗東の小林稔厩舎に入厩することになった牡駒には、フサイチコンコルドという名が与えられた。*シンコウラブリイや*エルウェーウインなどのG1馬を輩出して日本でも人気となっていたCaerleon産駒の期待馬はしかし、非常に体質が弱いという弱点を抱えていた。デビューが3歳にまでずれ込んだのも慎重を期して調整が進められた故であり、また2戦目が3月まで空いたのも同じ理由である。非凡な素質で2連勝を果たした後、皐月賞には目もくれず日本ダービーを目指す。

ダービーのプレップとしてプリンシパルSを選択した陣営だが、発熱により結局このレースを回避。結局フサイチコンコルドは、2戦2勝というキャリアで、日本ダービーに出走することを強いられたわけであった。
この年のダービーで1番人気に推されたのは、皐月賞1・2着馬のイシノサンデーとロイヤルタッチを差し置いてダンスインザダーク。弥生賞を勝った後の皐月賞は体調不良で回避したものの、プリンシパルSを楽勝してここに臨んだダンスインザダークは、ダービーでも完璧なレース運びを見せる。サクラスピードオーが刻むスローの流れを3~4番手に付け、直線も手応え十分に満を持して抜け出す。武豊に遂にダービージョッキーの称号が・・と思われた刹那。
ダンスの背後から姿を現し、追いすがり、外から並びかけ、交わし去った1頭の鹿毛の牡駒が。

3戦3勝。フサイチコンコルドが「奇跡の馬」になった瞬間だった。

いくら素質があると言っても、たった2戦のキャリアでG1どころか重賞に出走歴もない。アクシデント明け。もちろん初距離で初の関東でのレース。相手は武豊を鞍上にしたサンデーの素質馬。競馬を知れば知るほど逆転は考えにくい。今、同じ条件の馬がダービーの出走してきても、大カモだと笑って馬券検討から外すだろう。そしてゴールの瞬間には「ありえねー」と仰け反り、しばし悄然としてから我に返って賞賛するだろう。あの日のように。

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