その数学が血統を決める
『その数学が戦略を決める』(イアン・エアーズ著・文芸春秋)は、最近読んだ本の中でも非常に興味深い内容だった。企業の経済活動や社会政策立案の様々な局面の意思決定において、統計処理された膨大なデータが活用されている実態を描く内容で、<計算式と法曹の専門家はどちらが裁判の結果を正確に予測できるか>などの事例もわかりやすく、統計学に疎い自分でも抵抗なく読み進めることができた。
さて、このテラバイト単位のデータ処理=絶対計算を競馬の世界に当てはめると、と考える。
まず浮かぶのはレース予想への応用である。出来の良し悪しを別として、予想ソフトはずっと前から存在したし、90年代前半にはすでに回帰分析を用いたソフトがNiftyあたりに出回っていた。現在はそれがニューラルネットワーク(すなわち人間の神経系のように、新しい刺激により反応を自動更新するプログラム)が応用される時代になり、JRA-VANが提供しているデータマイニングもこの方法論を用いている。
JRA-VANの検証では単勝や馬連を購入した場合の回収率はいずれも80%台というから、少なくとも理論上の期待値0.75~0.8や、専門家の回収率平均(確か80%は超えないはず)を上回っていることになる。
まあこれは想定範囲内の事例で、むしろ興味をひかれるのは、一見してデータや回帰方程式などが馴染まないと思われている分野での応用だ。例えばこの書籍が紹介しているエパゴギクス社。この会社はニューラルネットワークのメソッドを駆使し、映画の脚本の内容や特徴などの変数によって、その映画が公開された場合の興行収入を予測するという。当然の如くクリエイターの側からの物凄い反発を受けながらも、予想の精度は侮れないものらしい。
これをこう言い換えたらどうだろう。「ニューラルネットワークを駆使し、配合の内容や特徴などの変数によって、産まれる若駒の○×を予測する」ソフト。
十分吟味された変数設定と、統計的な処理に十分なだけのデータ量が揃えばの話にはなるが、○×に「競走能力」は無理としても「売却金額」ならあり得る話だろう。例えば種付け予算と希望の売却価格をインプットすると、候補の種牡馬が順位付けされてアウトプットされるというふうに。そこには生産者の信念や専門家の博識は必要なく、データだけになるわけで、物語を大切にするファン層からも反感を買いそうなアンチロマンな話ではある。
野球のスカウトや法曹家など、この書籍ではにしばしば「経験と直感を頼る専門家」たちが「主観を排除した絶対計算」に負ける姿が描き出されている。自分もそうした生業の一人だから笑い事ではない。ただしエアーズは単純に「専門家など必要ない」と断じているわけではなく、後半では絶対計算がもたらすマイナスの側面や、専門家が存在しえる道も示唆されていたりする。血統話からは随分と脱線したけれど、興味がある方はご一読を。
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