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札幌記念のおもひで

晩夏に実施される定量戦ということで、昨今は秋の大レースへ向けたステップとして重要性を増しているのが札幌記念(G2)だ。今年もグランプリホースのマツリダゴッホが出走メンバに名を連ね、そこに古豪や上がり馬が絡むという構図になっている。

 

かつての札幌記念といえば7月初旬(1回札幌開催)に行われるダート戦だった。地方交流もダートG1もない時代の貴重なダートの重賞で、歴代優勝馬にもマーチスやオーバーレインボーなどの名が並ぶ。自分が競馬を見始めてからでいうと印象的なのは、コース改修の影響で1700Mで行われた1989年の勝ち馬ダイナレター。杉浦騎手(現調教師)を背に直線力強く抜け出したレースだった。その後札幌記念を含めてOP競走を6勝、当時はまだハンデ戦G3であったフェブラリーHでも61.5Kを背負って4着に入っていて、現在のダート路線であればG1級の実力馬だった。*ノーザンテースト産駒の鮮やかな栗毛の牡馬で、成長力や万能性を伴ったノーザン産駒の典型例として記憶に刻まれている。

その翌年から札幌記念は芝のハンデ重賞に衣替えした。メジロパーマーやマーベラスサンデーの出世レースともなったこの時期の札幌記念の中で、忘れられないのはサンエイサンキューだ。2歳の夏にデビューしたサンキューはクラシックのトップを走り続けた牝馬としては異例、殆ど休みらしい休みを挟まないローテーションを課せられ、3歳夏に出走した札幌記念が12戦目であった。52Kgのハンデで札幌記念を勝ったサンキューだが夏休みは与えられず、以降も函館記念→サファイヤS→ローズS→エリ杯と転戦していく。小柄な馬体で懸命に走りつづける姿に、「勝たなくていいからとにかく無事に」とつぶやいた友人もいた。17戦目となった有馬記念の直線、右トウ骨手根骨複骨折。しかしまだ終わらない。安楽死処置をとらずに手術・・蹄葉炎の発症・・また手術・・芦毛の牝馬の長い長い戦いにようやく安息の日が訪れたのは、1994年の10月であった。基本的に競走馬は経済動物であり、擬人化した過度の愛護論には与さない自分ではあるが、サンキューには胸が痛んだ。

97年からは現在の定量戦となり、時期も2回札幌となっている。テイエムオーシャン、ファインモーション、ヘヴンリーロマンスにフサイチパンドラ・・牝馬の活躍が目立つのは季節的な事情もあろう。97・98と連覇したエアグルーヴは新しい札幌記念の象徴である。グルーヴの成功が「札幌記念をステップに秋のG1へ向かう」という伊藤雄二ローテの礎となったし、この手法が他の一流馬にも援用されて成果を挙げているのは周知のとおりだ。アドマイヤムーンもここから世界に飛び立った。もちろんエアグルーヴの札幌記念は2勝とも鮮やかだったが、この稀代の牝馬で個人的に最も印象が強いのは2歳のいちょうSだ。直線坂上で前をカットされて立ち上がり、争覇圏から消えたと思ったところから一気に差し切ったレースは、幼い牝馬のそれではなかった。あー来年のオークスはこれだ、という直感は翌年に戴冠するまで揺らぐことがない、それほどの才能の迸りがそこにはあった。

とまあ実に思い出深いレースが多い札幌記念だが、実はナマで観戦したことがまだない。来年は都合をつけて出かけてみようか。

ダイナレター@札幌記念

サンエイサンキュー@有馬記念 ゴール後の映像に下馬した姿

エアグルーヴ@いちょうS

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