記憶は冷たい雨の中
それまで3200mで行われていた秋の天皇賞が、競馬のスピード化と国際化を背景とした番組改編の中で2000mへと距離が変更されたのは、グレード制が施行された1984年のことだった。
距離短縮後の天皇賞(秋)は路線や世代を超えた名勝負が生まれる舞台となったが、同時にそれは波乱の歴史でもある。シンボリルドルフ→トウカイテイオーの父子が共に不覚を取るなど80~90年代は1番人気がなかなか勝てなかったし、サイレンススズカの4コーナーは今でも瞼に焼きついて離れない。
あの雨の日もそうだった。
1991年10月27日。冷たい雨はメインレースである天皇賞(秋)の頃になっても止むことなく馬場を悪化させ、視界を白く曇らせていた。
前年の菊花賞馬メジロマックイーンはパートナーに武豊を迎えて天皇賞(春)を制し、プレップの京都大章典も楽勝して中長距離路線の頂点に立っていた。2000という距離は不安材料視されたが、安定したレースセンスと馬場悪化を苦にしない万能性はそれをカバーして余りある。ファンはこの稀代のステイヤーを1.9倍という圧倒的な単勝人気に推した。
レースは圧巻だった。7枠から素早く好位につけたマックイーンは2番手でケヤキ向こうを通過すると、直線で先頭に立つ。鈍色にぬかるんだ不良馬場にライバルたちが伸びあぐね、武豊とマックイーンは別次元の強さでゴール版を駆け抜けた。2着馬には6馬身差がついていた。
ところが、灰色に煙る電光掲示板には、レース後10分以上経過しても確定の青いランプが灯らない。スタート直後の2コーナー。インに切れ込んだマックイーンの所作によって馬群が大きくゆがみ、多くの馬が不利を受けていたのだ。
G1を1番人気で1着入線した最強馬と天才騎手が18着降着とアナウンスされたときのスタンドのどよめきは、それ以前にも以後にも経験したことのない異様なものだった。自分も「あぁー」だか「えー!」だかよくわからない叫びを上げた気がする。
プレジデントシチー始めとした被害馬と、加害馬マックイーンの関係者、双方の馬券を買ったファン・・多くのぶつけようのない感情。
騒然とする場内、肌寒い雨は止まない。笑顔のない表彰式。
エプソムカップと毎日王冠を連勝してここに臨んでいたプレクラスニーは決して弱い馬ではなかった。芝の1800~2000では生涯で連対をはずしたことがなく、ダイタクヘリオスやホワイトストーンらにも先着した馬である。
しかし、第104回天皇賞は、冷たい雨とともに、武豊&メジロマックイーン降着の天皇賞として記憶された。「物語」としての競馬において、繰り上がり優勝となったプレクラスニーもまた悲劇の1頭だったのだろう。
ロシア語で「素晴らしい」といった意味をもつプレクラスニーは、引退後に種牡馬となったが10数頭の産駒を残しただけで引退し、98年1月に死亡した。産駒で唯一繁殖入りしたデンコウスガタも後継牝馬を残せず、彼の名を今後サラブレッドの血統表内に見ることはできない。
さて、日曜は第138回天皇賞。
ロシア圏の蒸留酒をその名に持ち、そしてプレクラの父で仏ダービー馬*クリスタルパレスを血統表に内包する女傑ウオッカが、宿命のライバル・ダスカや母父にマックイーンを持つドリームジャーニらを抑えて栄光の盾を取ったら、「プレクラスニー!」と叫ぼうか。
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コメント
はじめまして。
私は血統に詳しくないもので、いつも興味深く拝見しています。
昨日の天皇賞、「プレクラスニー!」と叫ぶことはできましたか?
当時、私はまだ競馬をよく知らなかったのですが、あの天皇賞はTVで観ていました。
検量室前で、勝ったはずなのにいつまでも表彰式に呼んでもらえず怪訝な顔をしていたマックイーンと、勝っていないのに表彰式に出て戸惑っているプレクラスニーの表情は、私の記憶に深く残りました。
その後、アロースタッドで2度プレクラスニーに会いましたが、何か淋しそうな雰囲気で外を見つめている彼に「元気で頑張ってね」と声を掛けたのを思い出しました。
投稿: とぅなんて | 2008年11月 3日 (月) 00時28分
コメントありがとうございます。
昨日の天皇賞はすばらしかったですね。
プレクラスニーはかわいそうな面もありました。
今後も機会があれば、「光と影」でいえば影的な存在の
馬について書いて行ければと思っています。
トゥナンテもいい馬でしたね。せっかくなので、ちょっと
思い出して書かせてもらいますね。
投稿: りろんち | 2008年11月 3日 (月) 20時22分