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大いなる曙光

*ヒシアケボノが死亡したというニュースが流れた。

1995年のスプリンターズSを勝ち、*ヒシマサルや*ヒシアマゾンらと並んで、90年代に活躍した「外国産ヒシ軍団」の象徴的な存在であったから、G1は結局その1勝だけという数字以上に印象深いスピード馬だった。

 

ざっと戦績などを復習してみる。
92年アメリカ産の*ヒシアケボノは栗東の佐山厩舎に所属。2歳11月にデビューし暫くは勝ちあがれなかったが、6戦目(3歳7月中京)に芝1200Mを使われると素質が全開し、2.2秒差という大圧勝をする。

以降500万→900万→準オープンとスプリント戦を連勝して一気にオープン入りを果たす。スワンSで1分19秒8というレコードを叩き出して重賞ウイナーとなり、マイルCS3着を挟んで臨んだスプリンターズS(当時は有馬記念の前週に施行)で、1番人気に応えての差し切り勝ち。

7月の初勝利からわずか5ヶ月の間で9戦6勝、一気に短距離界のトップまで上り詰めたのだった。

翌年も安田記念で僅差3着など健闘をみせたが、4歳秋以降はエネルギーが果てたかのようにすっかり精細を欠いて黒星を重ね、オープン特別ですら勝てずに5歳12月に引退した。初戴冠の95年スプリンターズSが、この馬の最後の勝ち星となっている。

引退後はJBBAの下総種馬場で種付けを行っていたが、目立った活躍馬は出せていない。

血統面では、父がミスプロ系Woodman。同じ父では*ティンバーカントリーなどがいるが、「軽い速さでなくパワフルな速さ、器用さには欠け、開花は早い」という自分の持つWoodman父系のイメージは、多分にヒシアケボノの影響が大きい。
弟にやはり短距離で活躍した*アグネスワールド、甥にLibrettist(ジャックルマロワ賞など)やDubai Destination(クイーンアンS)が出ていて、母系はスピード豊かな資質を特徴としている。

*ヒシアケボノは大柄な体躯の持ち主としてもよく名が出てくる馬で、スプリンターズを勝ったときの560kgは「G1を勝った馬の最高体重」として未だに破られていない記録になっている。

ちなみに「JRAで出走した馬の最高体重」だとシルクオーディンの622kgという記録が在る。シルクオーディンの父*タイキブリザードも530kgを超える巨漢馬だったが、日本で走ったSeattle Slew産駒はブリザードを始めとして*マチカネキンノホシや*ダンツシアトル、*スルーオグリーン、*インディードスルーなど、特に牡馬は500kgを越える大型馬が多い。

大柄な馬体がSeattle Slewの遺伝子によるものだとすれば、同馬を母父に持つ*ヒシアケボノの大きさもまた、偉大なるアメリカ3冠馬譲りだったのかもしれない。

その血を考えれば、この曙光の価値はアメリカでならもう少し評価されたのかな、などとも思う。

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