出た杭の叩かれ方
いまさらながら国母選手の”服装問題”。
スノーボードはいわゆる”競技”とは別の文脈において発展してきた歴史の浅いスポーツ。ゆえにその価値観や意識と、「国の代表」「スポーツマンシップ」といった旧来のオリンピック観と間には乖離があるし、そこにあの違和感が生じたというのは確かだろう。
むしろ自分が一連の騒動の中で興味深かったのは、メディアによる報道の姿勢の差異の方だ。
最初は総じて批判的な論調で服装や会見を伝えたマスコミも、実際に競技を終えたころには微妙に温度差が出てきた。このあたり、だれか親切な人が・・と他力本願したらやはりこちらを発見。
ハーフパイプの決勝を終えた国母選手の様子を伝えるスポーツ新聞3紙の報道内容を検証している。うーん、なるほど・・というところだ。
”濃い味付け”をウリにしているスポーツ紙というメディアである点を差し引いても、調理の仕方しだいで同じ食材がこれだけ違う料理に仕上がるということがよくわかる。ありていに言えば、マスコミ報道というものは「事実」ではなく「マスコミが認識した事実」「マスコミが伝えたい事実」であることを再認識させられよう。
まあスポ新だけでなく、テレビも会見の一部分だけ編集して流すなど、構造としては似たようなものがあったと思われる。ファッションだの態度だのを批判するのはいいのだが、影響力の大きいマスメディアである以上は近視眼的な論陣を張るのではなく、先に挙げた乖離や違和感の背景あたりも俯瞰した上でないと芸がないよなあ・・と感じてしまったところだ。
それに、個人的には擁護派でもないけれど、あんなに出た杭を叩かなくてもねえ・・とは。こういう経験を経て誰しも社会的な存在として自己覚知していくのだし、その上で自分のスタイルをどうするのかは彼の問題だ。自らのハタチ前後を思い返しても国母選手以上に斜に構えていたよたぶん。
ちなみに。腰パンや「うっせーな」が全て、好意の対義語は反感でなく無関心であるということを承知の上で、オリンピックの影響力を逆手に取ったアイキャッチ戦略だったというオチなら、ん~すげえなあと感心するが。
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