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あの日、あのとき

あの日あのときあの場所で・・と小田和正が歌った1991年。その年の桜花賞は、勝ったシスタートウショウ(自分が観た中で最も強く美しい桜花賞馬)を始めとしてイソノルーブルやノーザンドライバーなど、無敗かそれに近い成績の牝馬がぶつかり合う構図で、非常に印象深い「桜」だった。

後から振り返れば、勝ち馬以外にも名を残す名牝が出走していた。タニノクリスタルはタニノギムレットを、サニースイフトはサニーブライアンを産むことになるし、5着入線したスカーレットブーケはダイワメジャーやダイワスカーレットの母となっている。

そのダスカの半弟となるシャガールは良血ぶりからも昨年のPOGで人気となった1頭。秋に向けての始動となった先週の函館では取りこぼしたものの、まだ荒削りな面があるからこれからというところだろうか。

シャガールは庭先取引のため、山本英俊オーナーがこの馬の購入に投じた金額は定かではない(相当な額ではあろうが)。時同じにしてヨーロッパからも当時1歳になる鹿毛馬のオファーがあったそうだが、その時点においてスカーレット一族の期待馬を優先したのは、至極真っ当な話ではあったろう。

まあ馬主と競走馬の邂逅というのは必然と偶然と皮肉とが入り混じったもので、「あの日、あのとき、あの馬を」買っていたら、というケースはままあるものだ。

日本人馬主と著名な外国産馬の構図では、かつて触れたUnbridled's Song(ロイヤルファームの藤田氏が一度は購入しながら左前脚に骨片が発見されて買い戻しとなった)や、千代田牧場の飯田正剛氏がオファーを受けたものの購入に至らなかったというEl Pladoあたりの話が思い出されるところ。日本に入ったらどうなっていたか・・とパラレルワールドを妄想するのも競馬の楽しみの一つである。

もし山本氏がシャガールを買っていなかったら、社台RHで8000万円くらいの募集価格がついたか、あるいはセレクトで億の値が付きトーセン軍団入りしていたか。また一方でオファーがあったというCape Crossの仔を手中に収めていたら、どんな活躍をしただろう。藤澤厩舎の「未完の大器」か、レッドの冠が付いていたのか。

そして季節は巡る。
その幼駒は後年Sea the Starsという名を授かり、競馬史に名を刻む名馬となるのであった。

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