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1990-2010

ビッグウィークの勝利の終わった菊花賞。毎度の周回遅れで恐縮だが、備忘録の意味も含めて一応は振り返っておこうかと思う。

自分の中で菊は3つくらいのパターンに分けられる。一つが残り4Fあたりからレースが動き始めて最後は12秒台の我慢比べとなるケース。

例えばアサクサキングスやザッツザプレンティ、ヒシミラクル、デルタブルースなどがこれにあたる。上がり35.9を要したマヤノトップガンも異色だがこの派生か。

二つ目がスピードの持続力を残り3Fで競い合うケース。スリーロールス、ナリタトップロード、ビワハヤヒデなどのイメージ。

最後は4コーナーで馬群が固まり、マチカネフクキタルやダンスインザダークのレースのように直線の瞬発力で勝負が決するレース。

いずれのパターンにせよ、ナリタブライアンやディープインパクトの如く基本性能の違いが明らかであるケースを別とすれば、菊花賞に出走してくる3歳馬たちの多くは3000mに対する「構え」がある。根拠なき自信があり、あるいは未知への懐疑があり不安があり、だから各々策を練る。

今年の出走馬を眺め騎手心理を想像したとき、自分は縦長のレースにはならないと読んだ。つまり最後のケース、具体的にいえばレオダーバンが勝った菊と同じようなレースになるだろうというのが展開予想だった。

オウケンブルースリやライスシャワー陣営とは異なり、この舞台設定に自信を持ちきれない薔薇一族と武豊があのレースをした(せざるを得なかった)のは、ある意味においては現代の菊花賞が持つ意味を逆説的に表現していた、のだと思う。

一方、勝ち馬を繰った川田騎手はあの果敢な仕掛けが功を奏した。騎乗馬の特性を活かした好騎乗だったと思う。90年代以降、いわゆるオーナーブリーダーが勝ったのはメジロマックイーン、セイウンスカイに次ぐ3頭目。また神戸新聞杯3着からはエアシャカールやソングオブウインドなどが菊を勝っていてなぜか好相性である。

関東勢はマンハッタンカフェの勝利以来の9連敗となった。

とまあ、1990年から今年までの菊花賞馬21頭を1度づつ登場させたというだけで、回顧の内容には大した意味はありません、あしからず。

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