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すみれはロンシャンに咲いた

凱旋門賞が終わった。

周知のとおりナカヤマフェスタが「そこ」に手をかけたレースは、夜半にもかかわらず日本中の競馬ファンに幾多の興奮と嘆息をもたらしたことだろう。

私は確定後に”普段着の日本馬が健闘したことに意義はある”とTweetしたのだが、そのあたり文章に残しておこうと、熱っぽい身体に鞭打って今キーを叩いている。

二ノ宮厩舎、蛯名騎手、不良馬場、そして頂点への僅かな差・・11年前の*エルコンドルパサーをなぞったような結果とはいえ、その意味には少なからず差が在ると私は感じた。

Kingmamboとの交配を描きながら*サドラーズギャルの血統にほれ込み、セール欠場を知るやアイルランドまで追いかけてその牝馬を手に入れた渡邊オーナー。3歳でJCを制してヨーロッパに的を定め、長期滞在で素晴らしい成績を残した陣営。こうした時代の先端を斬っていくようなマネジメントに自分は惚れたわけだが、同時にそれがゆえ、あの*モンジューとの死闘もどこか夢を見ているような、浮世離れした世界で希望を見せてもらった印象がある。

あるいはディープインパクト。馬産界のガリバーたる社台が、女王陛下所有馬の血を引く良血繁殖に、天下のSSを付けて産まれた稀代の名馬。大馬主に所有され、無敗の3冠などほぼ完璧な成績を残し、異様な期待を背負っての遠征。ロンシャンに詰め掛けた日本人ファン、凱旋門での1番人気。

そう。エルコンもディープも、いわば「再現性のない」特別な存在だった。

翻ってナカヤマフェスタである。父ステイゴールド、母は1勝馬ディアウインク。むかわ町の牧場に生を受け、戦後から地道に馬主を続けている一族に1,050万円で購買されて、クラシックには乗りつつも決して世代のトップと認められる存在ではなかった。フェスタの遠征はいわば、私たちが普段接している競馬の延長線上に在った。

スピードシンボリに始まる凱旋門賞遠征史の矛を左手に、この陣営や騎手に蓄積された経験という名の槍を右手に携えて、よそ行きでも何でもない普段着の日本産馬が普段着のレースをして残した結果だからこそ、意義はある。それこそ薄紙を1枚づつ重ねているような、しかし確実な日本競馬の歩みの証左ではないだろうか。

90年代以降の香港国際レースを契機に、「適性とチャンスがあれば海外へ連れて行く」という流れが定着したとはいえ、ヨーロッパ2400m路線のアイコンたる凱旋門賞だけはまだまだ特別な存在であり続けた面は否定できない。しかしメトロポリタンSを勝った時点で出走を意識したフェスタの好走は、余りある示唆を与えているのだろう。

かくして個人的に21年前のリベンジを期待したBehkabadは4着に甘んじたが、11年前の高揚とはまた違った、ある種”あたたかな感慨”に包まれた今年の凱旋門賞だったのである。

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