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審議のランプが消えるとき

あの瞬間は今でもよく憶えている。

小雨降りしきるモノクロームな景色の中、点灯したままの審議のランプ。やがて1着馬の馬番が消え、結果がアナウンスされたときの異様などよめき。91年10月27日の天皇賞(秋)、単勝1.9倍に推されたメジロマックイーンが圧倒的な強さで1着入線しながら、18着に降着したのだった。

もちろんそれまでも重賞での審議→失格も例がある(ニシノライデンなど)が、マックイーンが衝撃的だったのは、新たな制裁制度としての「降着」が導入された最初の年であり、また天皇賞という歴史あるレースを人気に応えて勝った馬がまさか降着なんかにならないだろう、という空気があったからだ。

的中と思った馬券が紙くずとなった周囲からは怒声混じりの混乱した声が重なっていた。降着という仕組み自体の理解がまだ不十分だったこともあったろう。

メジロ牧場の「おばあちゃん」こと北野ミヤ氏はこの裁定に納得せず、一時はJCと有馬のボイコットも辞さず、と感情を顕わにした。

一方、繰り上がりで優勝したプレクラスニーの表彰式も異様な光景だった。ヤジが飛ぶ中で関係者に笑顔はなく、生産者の嶋田克昭氏は「表彰台に立っているのが辛かった」とその苦しい胸中を語ったという。

自分はJRAの裁定を支持したが、ファンのみならず評論家の間でも降着という幕引きには賛否がわかれたものだ。

そして今回のブエナビスタの降着である。
パトロールで観る限り、ブエナが手前を変えつつ内に切れこんできたのは確かだが、その直前にエイシンとヴピサが外にヨレたことが「場面」を作り出した一因だし、そこでローズキングダムが怯んでいるようにも映る。複合的な原因がローキンに不利な状況をもたらしたと捉えれば、あれでブエナ降着は厳しすぎるという意見が出るのも無理はなかろうか。

マックイーン=加害馬に乗っていたユタカが今回は被害馬である巡りあわせ、あるいは外国人ジョッキー台頭の中での出来事・・・様々な文脈の違いはあるにせよ、大舞台での降着という結末は誰の心中にもモヤモヤ感を残す。ブエナがあれだけ強く鮮烈なレースをしたのだからなおさらだろう、薔薇一族ウオッチャーの自分とて嬉しくないのだ。

ところでマックイーンは翌年の天皇賞(春)でトウカイテイオーとの世紀の対決を制するなど中長距離で一時代を築くが、降着でミソが付いたのか、関東では最後まで重賞を勝つことができなかった。06年のエリ杯で降着となったカワカミプリンセスは力を使い果たしたの如く、以降は未勝利に終わっている。また今年の英1000ギニーで降着し栄冠を失ったJacqueline Questもその後まだ勝ち星を挙げられれずにいる。

ブエナにはG1降着馬の前例を打ち破って、さらなる飛翔を期待したいものだ。

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