もうひとつのスズカ
山崎豊子の『運命の人』を読了した。外務省機密漏洩事件(いわゆる西山事件)を題材にした筆者らしい重厚な小説であり、まあ感想などはまた機会があればまとめてみたいとは思う。
ところで小説の中に、競馬場のシーンが出てきたのでちょっと検証してみた。
新聞記者の矜持を全て注いだ裁判が逆転敗訴となり、最高裁への上告も棄却された主人公の弓成。さらに父が育てた青果卸業も他社に吸収されて失意に沈んだ彼は、競馬が与えてくれる刹那の興奮に、半ば投げやりに身を投じていた。
「スズカブライト」は軽快な逃げ馬だった。衒いのないそのレース振りに自分の覇気溢れる記者時代を重ねていた弓成は、小倉記念でも同馬に賭けるのだった。
しかし「スズカブライト」は独走で4コーナーを回った後に右前脚に故障を発生し競走を中止する。3本脚で立つ「スズカブライト」は予後不良、呆然とする中で水たまりに映る自分の窶れた姿に、弓成は故郷を去る決意を固める・・というシーン。
小説の時系列を手繰るとこれは昭和56年8月29日の出来事である。小倉記念は18頭立てで施行され、勝ち馬は1番人気の「スーパーオグリ」という設定だ。
実際のところはどうだったか。昭和56年(1981年)の小倉記念は8月23日で、勝ち馬はラフォンテースだった。頭数は9頭立てで、故障により競走を中止した馬はいない。前後の数年も小倉記念の出走は10頭前後に留まっていて、小説のシーンの下書きとなるような展開となった年はないようだ。
まあ自分なんかはあの快速馬がすぐに脳裏に浮かぶわけで。「スズカ」という名前や栗毛の逃げ馬という設定、前脚の故障という最期を踏まえれば、やはり「スズカブライト事件」はサイレンススズカがモチーフにはなっているのではと。
事実をベースにしながらフィクションを構成するという山崎豊子の手法だから、主人公のモデル・西山氏が流転の旅に出るきっかけとる何らかの出来事は、小倉競馬場であったのかもしれない。それをサイレンススズカのあの悲劇の構図で描いたシーンだった、と勝手に想像してみた。
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