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水脈は絶えることなく

1683年夏、道路工事に使用するため所有する土地の砂利を掘らせていたリチャード・サドラーは偶然にも地下水脈を発見する。様々な薬効を持つ水源があるというこの地の言い伝えに思い至った彼は「奇蹟の水」としてそれを売り物とし、井戸のほとりにはミュージック・ハウスを建設した。これが現在もロンドンはイズリントンに存在する劇場、”サドラーの井戸”ことSadler's Wells Theaterの起源である。

北の踊り子(Northen Dancer)からの連想で名付けられたSadler's Wellsが30歳で死亡した。競走馬としても愛2000ギニーやエクリプスSなどを勝った一流馬であるが、もちろんその名を世界に知らしめたのは種牡馬としての成功だった。

英愛リーディング14回を始めとするその偉大なる業績の紹介は別に任せるとして、ここでは追悼に替え何頭か印象深い産駒を挙げておこうと思う。

*ファンタジースズカはサドラー2年目の産駒だから、まだその特徴なり限界なりが審らかになっていない初期の輸入馬だった。3歳秋にはローズSに駒を進めて3着、エリザベス女王杯で期待したものの上がり勝負となって10着に崩れるところなど、今思えばいかにもサドラーらしい。

*モンジューは好きだった*エルコンドルパサーの敵役として忘れられない。G1のゴール前の叩き合いに息をつまらせる経験は多々あれど、ロンシャンのあのときの直線ほど高揚した経験はなかったろう。ヨーロッパに君臨するサドラーの底力を見た想いがした。

まあそのエルコンも母父にサドラーを持ち、その後のKingmambo×Sadler's Wellsブームの嚆矢となったわけではあるが。

種牡馬として輸入された中で思い出深いのは、凱旋門賞を勝った大物として期待された*カーネギーか。初年度のカーネギーダイアンにはオッと思わされたが、本邦では結局は尻すぼみに終わっている。とはいえ、祖母Dermaの分岐から巨星ZabeelやオーストレイリアンギニーのBaryshnikovが出ているだけに、オセアニアに活躍の場を求めたのは正解だっただろう。

その他にも若き藤澤和雄師が管理したきかん坊の*ヒゴノスター、池江父がヤマニンの土井氏から一任されて選んだという*マダニナ(ヤマニンウイスカーの母)、アスコット金杯4連覇という”いかにも”なYeatsなどなど、もう一頭のND巨頭Storm Catよりも愛すべき個性派が多かったというのが自分の感想になる。

自身はすでに08年に種牡馬を引退していたが、バトンを受け継いだ直仔や孫世代の種牡馬も世界各地で勢力を伸ばし、また母系に入っても大きな影響を与え続けているのは周知のとおりである。

20世紀と21世紀を跨いでヨーロッパ競馬を支配したこの奇蹟の水脈は、まだまだ枯れることなく湧き続けていくことだろう。

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