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四白流星

皐月賞は、その名が付けられた1949年には5月に施行されていたのがそもそもの語源で、正確に言えば今は「卯月賞」であるわけだ。まあそんなことよりも、妙な横文字レースにならず桜花や皐月といった季節感を感じる競走名として継続しているのは、素敵なことだとは思う。

久方ぶりとなる府中の皐月賞である。

1988年の皐月賞は様々な意味において波乱に満ちた結果となった。

そもそも中山競馬場の改修によって府中開催となる変則に加え、3歳の主役となるはずの怪物オグリキャップは登録がなくクラシックに出走できなかった。当時はまだ追加登録制度がなかったのである。

レースでは1番人気のモガミナインが伸びあぐねる中、ダートでしか勝ち鞍のないヤエノムテキが内枠を利し、インから抜け出して優勝、2着も14番人気のディクターランドという荒れたレースとなった。

さらに言えば、デビュー2年目で「天才」呼ばれ始めていた武豊がマイネルフリッセで、3年目の横山典弘もメイブレーブで出走していたが、両馬ともに走行妨害で失格というおまけ付きである。

オグリ不在ゆえにレベルにも疑義が唱えられたレースではあったが、ヤエノムテキは古馬になってからもG1の常連として活躍を続け、5歳時には天皇賞(秋)を制して再び府中2000の頂点に立った。

自分は皐月賞はまだリアルタイムで観ていなかったが、キャリア後半でのオグリキャップやメジロアルダンとの名勝負で競馬にハマったクチなので、ヤエノムテキには妙な愛着があったりする。今でも四白流星といえば、あのどこかドタドタした不器用な走り方のヤエノムテキが最初に頭に浮かぶのだ。

さて、改めて当時の皐月賞出走馬の血統を見渡してみたが、さすがに年月の経過を感じざるを得ない。ヤエノムテキの父ヤマニンスキーを始め、サイアーは*ディクタス、マルゼンスキー、*ノノアルコ、*バンブーアトラス、*ホスピタリティといった名が並ぶ。

今年の出走馬は*エイシンオスマンを除く17頭が父もしくは母父がHail to Reason父系であるが、23年前の出走馬ではこれがゼロなのだった。

もちろん今年は府中開催となった背景も違うし、枠順のバイアスが大きかった府中2000も改修されている。88年と同じような枠組みでは捉えれないところはあるのだが、いずれにせよ皐月の季語である薫風のように、気持ちの晴れる好レースを期待したいものだ。

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