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旗印は"Onward"  前編

まだ幼い少年にとって、故郷と家族から離れた名門呉服店での丁稚奉公は辛い日々であったに違いない。泣きたい時、逃げ出したい時、彼の気持ちをやさしく慰めたものは、店の入口で音楽隊が奏でる賛美歌だった。

中でも賛美歌397番”Onward, Christian Soldiers”は樫山少年の心を魅了してやまなかったという。やがて彼が大きく羽ばたくとき、そのOnward(=前へ)いう言葉は背中を押し、旗印となり、社名となり、冠名となったのである。

ジェイエス繁殖馬セールはこれまで、ロージーミスト(グランプリボスの母)やタカラカンナ(マイネルキッツの母)などが取引された実績を持つ、日本で唯一の繁殖牝馬市場である。11月2日に予定されている今年の秋季セールにも192頭が上場予定となっているが、中でも気になったのは10頭を一度に上場してきたオンワード牧場の動向だ。

繁殖牝馬が15頭ほどの規模のオーナーブリーダーが、重賞勝ち馬を含むその殆どを売却の俎上に乗せる。現時点で公式なアナウンスはされていないとはいえ、縮小あるいは撤退といった結末も示唆される動きには間違いない。

確かに近年のオンワード牧場は、目を覆いたくなるという表現を使いたくなるような不振のトンネルに入ったままだった。今世紀に入ってからJRAでの年間勝ち鞍は一桁が続き、08年以降は生産者ランクも400位台以下に沈んでいる。

最後の重賞勝ちは02年のオンワードメテオ(新潟ジャンプS)。JRAの平地重賞となると94年のフラワーカップを勝ったオンワードノーブルにまで溯る必要がある。行き詰ったオーナーブリーダーとしてはメジロ牧場が記憶に新しいが、メジロ以上の停滞と言ってよい。

そんなわけだから、サンデー以降に入ってきた競馬ファンにすればオンワード牧場に対する印象というのは甚だ薄いものであるかもしれない。ああ、障害戦によく走っているよね、という程度の。

信州は小諸にルーツを持つ樫山純三氏は1927年(昭和2年)、三越呉服店での修行を経て、26歳にして衣類販売を生業とする樫山商店を創業した。戦後は同社を株式会社化し事業を拡大、オンワード樫山を日本を代表するアパレルメーカーの一つに育て上げた実業家として有名である。

一方で昭和30年代からは競走馬の馬主としても活躍を始めた。

天皇賞や有馬記念を勝ち、アメリカ遠征を敢行したオンワードゼアや、無敗のまま桜花賞とオークスの2冠を成し遂げた名牝ミスオンワードといった名馬に恵まれている。所有だけに留まらず生産にまで乗り出した樫山氏がオンワード牧場を開設したのは、1960年(昭和35年)のことだった。

ちなみにオンワードゼアは母トキツカゼが皐月&オークス変則2冠、兄オートキツもダービー馬という良血で、アメリカから帰国後に種牡馬となったが、9歳にしてオンワードケイと改名し北海道公営で復帰するという波乱万丈な馬生を送った。内国産サイアー不遇の時代の象徴的なエピソードとも言えよう。

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