祝3冠/菊に想う
オルフェーヴルが牡馬クラシック3冠を達成した。
オルフェと池添騎手あるいはオルフェと池江ファミリーなど、この馬には多面なストーリーが存在するが、特別な思い入れがない自分はファンの方々の力作に任せるとして、幾つかの切り口で菊花賞を振り返りっておく。
<3冠馬のカタチ>
競馬歴や立場によって見方は様々だろうが、どこか未完成な「青さ」を残しながらもなお接戦すら許さぬ破壊力でクラシックを駆け抜けたオルフェーヴルの姿に、過去の3冠馬ならナリタブライアンが連想された。淀みのない流れの中で積極的にレースを進め、ライバルたちを軍門に下した今回の菊もまた、あの7馬身差の衝撃に引けをとらない強さであった。
ところで今年は震災の影響もあり、皐月賞の施行条件が変更された。より機動性とスピードが要求されるトリッキーな中山2000に比べれば、オルフェにとって府中2000は闘いやすい舞台ではあったのだろう。言うまでもないがこれは3冠の価値に疑義を挟むという意味ではなく、そういう状況をも味方に付ける「引きの強い馬」ということだ。
<夏を超えて>
オルフェの戴冠により、90年代以降で3頭の3冠馬が誕生したことになるが、これには調教技術の進歩も大きく寄与しているのだろう。
かつてはダービー後、夏の暑さで体調を崩すというパターンを見聞きすることが多かったが、調教や飼養のスキル向上によって春の実績馬がその力を損なうことなく、秋の大舞台でも活躍できるようにはなった印象は強い。オルフェーヴルも今夏は北海道に戻ることなく、ノーザンファームしがらきで越夏した。今後もそうしたケースは増えるのだろう。
<菊花賞の意味>
競馬のスピード化が進み、日本が範を取った欧州の各国でもセントレジャーの位置づけというのは、かなり以前から地盤沈下をしているのは周知のとおり。自分もかつては、3歳馬のトップは天皇賞やJC、あるいは海外を秋の目標にすべしと強弁していて、もちろん今でも菊花賞にこだわるべきではないと思っている。
ただし以前のような”競技至上主義”というか、競走体系の合理性に対するこだわりというのは、歳を取ったせいなのか(?)薄れてはきた。既に勝負付けが付いた相手であろうと、種牡馬選定に対する影響力が薄かろうと、ファンの心を惹きつける磁力があるのなら、それは興行で成り立つ競馬としては正解なのだ。
「3冠」という言葉が強い磁力を持つ以上、菊花賞は特別なレースでありつづけるのだろう・・振り落とされる池添騎手を見ながらぼんやり思った。
<ベルシャザールの件>
ベルシャザールに騎乗した後藤騎手がレース後に、DDSP(軟口蓋背方変位)が発症したことを敗因として挙げたことが、波紋を呼んでいる。
観測範囲内では「そうした不安があるなら陣営はレース前に公表すべき」「馬券を買う側をバカにしている」といった声が多い。サンデーRの会員向け近況にも出て来なかっただけに唐突な印象は拭えず、必ずしもDDSPが競走に影響を及ぼすわけでもないとしても、リスクは開示されるべき、という考え方にも理はあろう。
ただ逆から言えば、「競走に影響しないかもしれない要因」をリスクとして公表することもまた、ファンに対しては予断を与えることになる。例えば気性が悪いとか中間に熱が出たといった類の話はいくらでもあり、そうした情報をすべてオープンにすれば問題が解決するわけではない。現時点では
・リスク要因を公表すべきかどうかはその度合いに拠る
・「調教師は明らかに競走能力に影響があれば出走させない」と仮定する
・信用出来ない調教師ならば、それを織り込んで予想なりを組み立てる
・ゴッティには絡まない
というのが今回の問題に対する個人的なアンサーになっている。
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コメント
ナリタブライアンとオルフェーヴル
ナリタは3冠ゴールまで目一杯に追っていた南井騎手
オルフェはダービー以外はゴール前は抑える余裕
どちらがいいかは分からないが
池添騎手は相当オルフェの力が今まで乗ってきた馬たちに比べ
ズバ抜けて強いということかもしれない
個人的にディープぐらいのレベルと思っている。
投稿: 魚 | 2011年11月24日 (木) 02時32分