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いつか届くハガキ 

アイちゃんの仔がダービーに出走したときは、それはもう大騒ぎである。

その日観戦していたメモリアル60スタンド前の芝生で僕の顔を見るやいなや「ハーツが、ハーツが」と、興奮したミカは話し続けた。

あれはもちろんレースレコードを記録したキングカメハメハの強さが光ったダービーだったのだけれども、僕らにとっては”ハーツクライのダービー”となったのは言うまでもない。

ハーツクライはその後、追い込んで届かずの惜敗キャラを続けたが、そのたびに僕らはその走りに一喜一憂した。そして周知の通り、ルメールを鞍上に05年の有馬記念でディープインパクトを破る大金星を挙げる。ディープが国内で先着を許したのは後にも先にもこのハーツだけだった。ミカはまた泣いていた。

そんなころだったろうか。共通の友人から、ミカとT君があまり上手くいってないんだ、という話を聞いた。結婚前にマリッジブルーになっていた彼女には手紙を書いたりしたけれど、今度は他人が口を出す場面ではないことを分かる程度には自分も大人になっていた。静かに見守るしかなかった。

ハーツクライがドバイで圧勝しても事態は動かなかった。そして夏、二人はイギリスへと旅行へ出かけるという。

”キングジョージ”に出走するハーツの応援のためだ。

それを聞いた僕の胸中には、ハーツが勝利を飾れば二人の仲はまた元に戻るのかもしれないと、根拠のない想いが生まれていた。けれど、結果がどうあれ「アイちゃんの仔」の挑戦を見届け、区切りにすることを彼女たちは決めていたのだろう。

ホエイとカッテージチーズに分離したミルクのように、時計の針は戻せなかった。

ハーツクライは同年のJCを最後に引退し、ミカとT君は別の道を歩み始めた。あの三毛猫も同じ年に亡くなったと後から聞いた。

元々好きだった車の整備の仕事に転職したT君とは、その後も大レースを一緒に観戦し、飲みに行ったりする付き合いが続いている。

ミカとも付き合いは続いていたが、昨年の春に府中のパドック裏、風に舞う桜の下で顔を合わせたのが最後なっていた。

『宛先に尋ねあたりません』

メールを出すことも、人づてに近況を聞くことも、しようと思えばできたが、僕はしないことにした。それが今のミカの意志なのだろうから。

府中の杜で、感情の赴くまま、泣いたり笑ったりする季節はもう僕らには過去のものになった。アイちゃんと三毛猫を思い出し、穏やかに語り合える時がいつかやってくるだろう。

その時を静かに待つだけだ。

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