届かなかったハガキ
『宛先に尋ねあたりません』
そうスタンプされて戻ってきた年賀ハガキを底冷えのする玄関でしばし見つめた。去年までは届いていたから転居したということだろう。
アイリッシュダンスを少しだけ思い出すと、冬の空気が少し揺れた気がした。
どのように知り合ったのか記憶が定かではないのだが、20代前半によく競馬場でつるんでいた競馬仲間の一人にミカがいた。華奢だけれども好奇心と人懐こさが服を着て歩いているような女性で、年齢はひとつ年上。
その明るさで、人見知りな僕にさえもずっと前からの友達のように思わせるのだった。
当時僕らの観戦の定位置だった府中のゴール前200m前のスタンドで、リスのようにピョンピョンと飛び跳ねる姿を今でも鮮明に思い出せる。
彼女は頑張り屋の牝馬が好きで、中でも「アイちゃん」ことアイリッシュダンスの熱狂的なファンだった。理由は聞いたかもしれないが、忘れた。
トニービン産駒のアイちゃんは未勝利の身ながら500万条件を勝ち上がり、それから連勝の階段を駆け上がり始める。
ミカが付き合っていたT君もまた僕の仲のいい競馬友達で、口数は少ないが義理堅くてイイ奴だ。
「アイちゃん」に会うために美浦まで車を飛ばしては、運転が下手だのなんのでケンカしたり仲直りしたりする二人を、周囲は微笑ましく思い見守ったものだ。
二人が暮らし始めた神奈川の街にも何度か遊びに行った。ただし正直に言ってあまり上手でないミカの料理よりも、これまた飼い主に似て人懐こい三毛猫に会うのが楽しみだったなんてことは、ずっと内緒にしてある。
アイリッシュダンスは新潟で重賞を2つ勝ち、秋の天皇賞や有馬記念にも出走した。天皇賞ではアイルトンシンボリを応援していた僕の真横で、ミカが悲鳴のようにアイちゃん!と叫び続け、レース後には声を枯らし目を潤ませていた。
アイリッシュダンスが引退した翌年、ミカとT君は結婚した。
披露宴では北海道旅行で撮った牧場の写真がたくさん展示され、二人が競馬ファンであることを知らない列席者は少々驚きながら、僕らは笑いながら祝福したことを覚えている。
それから僕らは就職したり転職したりとそれぞれの道を歩き始め、以前のように頻繁に会うことはなくなったけれど、それでも年に何度か府中で会う仲は続いた。
ごく少人数しか呼ばなかった自分の結婚式にも二人には列席してもらった。そういう大切な関係だった。
(続く)
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