« 3コーナーで巡る想い | トップページ | あるいは、曙光 »

石南花

三寒四温とはよく言ったもので、本来はもう少し早い時期の気候を表す言葉だろうが、今年はなかなか春らしい春がやってこない。そうしたじれったい季節の移ろいもまあ悪いものではなく、今はまだ緑のシャクナゲが、花を咲かせる姿を想像しつつ歩くのも楽しいものだ。

さて、そんな散歩から帰ってきてテレビをつけたら、阪神の平場をマコトナワラタナが目の覚めるような末脚で差し切った。*ファルブラヴ×サンデー牝馬でノーザンF生産馬だからこれは珍しくもないが、祖母があのブゼンキャンドルである。

99年の秋華賞を12番人気で制したアップセッターとして、あるいは障害を勝ったG1ホースとして有名なブゼンキャンドルは、戦後の競馬史に名を刻んだ上田家が灯した最後の炎でもあった。

福岡県に生まれ筑豊や備前の炭鉱の経営で財を成した上田清次郎は、馬主としてもダイナナホウシュウやホウシュウクインなど多くの名馬を所有し、1950年から60年代にかけて4度もリーディングオーナーに輝いている。

そんな大オーナーもダービーだけは勝てず、その栄誉を浴することが最大の目標となった。65年のダービー直前には本命視されていたダイコーターを破格の値段で購入して物議を醸し、寺山修司は「非力なファンにとって人生の比喩として大問題だった」と書いた。ちなみにレースはキーストンが逃げきっている。

ブゼンキャンドルの母系は戦前に輸入された*デスモンズホリデイという繁殖に溯る。上田家は54年生まれのブゼンアサイチから所有し、その仔ムーテイイチは72年の最優秀障害馬に選ばれた。

ムーテイイチの孫にあたるブゼンスワンに*モガミをつけたのは、獲り逃した中山大障害を勝つためという話もあるが、思惑とは異なってキャンドルが平地のG1を勝ってしまった。さらに、その調教師がムーテイイチの障害主戦騎手だった松田博資その人だったのもまた面白い巡りあわせだと言えよう。

清次郎が87年に他界した後の生産を続けた上田牧場もキャンドルが淀で輝いた2年後に廃業した。ホウシュウ(豊州)やブゼン(豊前)の冠が刻んだ歴史は終わりを迎えることとなった。

そんなバックボーンを知ってマコトナワラタナが再び輝く日が来たら、鮮やかな石南花=シャクナゲを思い出すのだろう。

シャクナゲは豊前市の花でもある。

|

« 3コーナーで巡る想い | トップページ | あるいは、曙光 »

馬*血統」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/223066/54307148

この記事へのトラックバック一覧です: 石南花:

« 3コーナーで巡る想い | トップページ | あるいは、曙光 »