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タニノであるために

日本ダービーというレースは途方も無い磁力を放ち続けているのと同時に、少しばかり気まぐれなところがある。上田清次郎、メジロ牧場、岡田繁幸らのビッグネームが足掻きながらも届かないその名誉は、ディープスカイやロジユニヴァースの馬主に対してはいささか唐突に届けられた。

決して大といえる規模を持たずしてダービーを4度も制したカントリー牧場は、そういう意味で言えば、本邦競馬の歴史において最も祝福されたオーナーブリーダーだったとも言えるだろう。

自分が競馬を始めた頃はタニノスイセイやタニノボレロなどが重賞を勝ってはいたが、ムーティエやチカラやハローモアはすでに歴史の中の存在であり、”かつての名門牧場”というイメージが強かった。『優駿』に掲載された記事によれば、このころはスランプから脱するべく80年代から始めた全面的な改革の只中にあり、生産頭数もかなり絞り込んでいた時期のようだ。

様々な取り組みが枝を伸ばし花を咲かるためには多くの季節が必要だ。タニノギムレットが生まれたのが99年だから、カントリー牧場が復活するまでには20回に近い数の春が、北海道に訪れたことになる。

さて、件の谷水氏インタビューで印象深いのは、配合において有用な方法論をみつけることはできなかったとして、

跡を継ぐ人物に伝えるべき具体的な”何か”が手にできない以上、牧場は僕の代で終わっていい、とずっと考えていました。

と吐露している点である。ギムレットという花からウオッカが見事に結実したように(またウオッカの配合に様々な趣向が凝らされているように)、周囲からはカントリー牧場のメソッドには他とは一線を画する何かが宿っているように見えるが、当の谷水氏の冷静な目は成功にも曇っていないのだろう。

ちなみに奇しくも同じ誌面でノーザンファームの吉田勝己氏が「種付けはお客さんを優先するため、空いている種牡馬の中から選ぶのが基本」と述べている。対称的なのように見えて実は同じこと裏と表から観ているのが、面白い。

カントリー牧場の歩みを俯瞰するどころか雑駁過ぎる感想になってきたが、更に付け加えれば、自分が始めて関西の競馬場に行った時に馬券を買ったミスターアロマックがカントリー牧場馬だったことを今回知った。

いずれにせよ、タニノがタニノであるために、本当に見事な引き際だと思う。そしてウオッカという素晴らしい果実がどんな種を大地に落としていくのか、私たちはまだまだカントリー牧場の続きを楽しめる幸福がある。

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