苦くも暖かき
思い返せば21年前、晴天で行われたダービーもこの目で観ていた。鮮やかに涼やかにゴールを駆け抜けたトウカイテイオーから遅れること9馬身、シャコーグレイドの鞍上では若き日の蛯名正義が鞭を振るっていた。
武豊という天賦の騎手と同期だったこともあり、蛯名は決して最初から脚光を浴びる存在ではなかった。土台を築き柱を立て、徐々に自らの地位を築き上げたきた。その途上で多くの名馬と出会い、中でも*エルコンドルパサーと挑んだ凱旋門賞では、世界の頂きに最も近い位置に手をかけた。
今では2,000勝以上を挙げるトップジョッキーとなった蛯名でも、ダービーだけは届かぬ栄光だ。シャコーグレイドから昨年のトーセンラーまでの19回、最高位はハイアーゲームの3着である。
初夏の眩い陽射しの中、ゴール後にディープブリランテの鞍上で見せた岩田の姿はもちろん、彼が歩んだ軌跡を物語る美しさがあった。
一方わずかな差で栄誉を逃した蛯名は、検量室で号泣したという。「20回」という数字に積み重ねた日々に想いを馳せるとき、彼の涙には勝者のそれとは違う重みを感じ、胸の奥底に得も言われぬ感情が沸き立つ。
それは決して哀しみとか憐憫ではなく、愚直に歩みを進める者に対するほろ苦くも暖かなエールなのだ。
第79回日本ダービーが終わった。
関係者もファンも、それぞれの想いを抱えて、次のスタートラインに立つ。
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コメント
現場で見ていたものとしては、ステージチャンプのファンとしては、『蛯名に!蛯名が!』の思いが消えません。
投稿: kaori | 2012年5月30日 (水) 18時51分