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スプライトは茜色

同じ酷暑といえども、8月に入ると夕刻には質感のある雲が現れ、やがて降り積み重なって白い入道雲となる日が多くなる。遠くにその入道を眺めればまだ目には見えぬ夏の終わりの気配を感じ、やがて茜色に染まる空に秋の来訪が予感される。この時期の日暮れは、少し好きだ。

レース体系の改変に伴って重賞の施行条件や時期が変わるのも珍しくない昨今、1975年以降はこの時期の風物詩として定着しているのが関屋記念になる。

もう昔の話だが、一度だけ関屋記念を現地で観戦したことがある。92年の勝ち馬スプライトパッサーは、今振り返ってもなかなか個性的な背景をもつ牝馬だった。

父のメイワパッサーは、名門・明和牧場が繁殖*バンバレラに名馬Buckpasserを配合し、輸入して生産した持ち込み馬だった。成績は脚部不安もあって5戦3勝に終わったものの、引退後は実質的なオーナーだった明和牧場で種牡馬入りしている。もともとBusinesslike(Busandaの母)≒Be Faithfulの*バンバレラに、名馬Buckpasserを付けてBusanda2×3というのはまあインパクトの強い血統であり、競走生活の”その後”も見込んだ来日だったのだろう。

ちなみに後に名BMSとして名を馳せるBuckpasserも、競走馬として日本で走った直仔は、このメイワパッサーと、西山牧場が輸入したユナイトシローだけだった。

メイワパッサーはほぼ自家種牡馬として共用され、スタビライザー(帝王賞)やビッグパッサー(京王杯AH2着)などを出しているが、中でもスプライトパッサーは異色であろう。

スプライトパッサーの母の*サンサンは1972年の凱旋門賞を勝った名牝(その他にヴェルメイユ賞など)で、引退後に明和牧場が購入した。過去、本邦で繁殖生活を送った凱旋門賞の牝馬は*サンサンただ1頭であり、来年はこれに*デインドリームが加わるのだろうが、当時の時勢を踏まえれば*デインドリーム以上の衝撃であったと想像に難くない。購入価格は日本円で2億円だったとされている。

この世界的名牝に、重賞出走歴すらない*メイワパッサーを付けて生まれたのが、スプライトパッサーだった。

スプライトパッサーは5歳時に勝ったこの関屋記念を手土産に、同年末で引退。*サンサンはこの他に母としてウインザーノットを産んでいる

本州資本の牧場として70年~80年代にかけて台頭した明和牧場は、ハイセイコーの中央入りや*サンサン輸入、サンゼウス騒動など様々な刺激を日本の競馬・馬産界に与え、90年代に入るとその歩みに陰りが見えると、98年にビッグレッドファームに買収されて歴史を終えた。

一緒に関屋記念を見に行った友人は、電機メーカーの研究職だった。競馬とボクシングとくだらない話題で何時間も話せた彼とも、明和牧場の名が消えたころから疎遠になった。

入道雲を自分たちは地上から見上げることしかできないけれど、その雷雲からは上空に向けても放電現象も起きることが、近年明らかになっている。その一つは妖精の如く気まぐれに現れることから、赤い妖精=レッドスプライトと呼ばれるようになったそうだ。白く、遠く、空高くへと積み重なっていく入道雲が、やや茜色を帯びる向こう側に、あの夏の関屋記念の思い出と、秋の気配がある。この時期の日暮れが、少し好きだ。

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