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忘れえぬ花

金杯が土日に行われたのはいつ以来か定かではないが、しばらくは仕事と重なっていた記憶があり、リアルタイムで観戦したのは久方ぶりの気がする。
中山金杯はタッチミーノットがトップハンデを課せられながらの完勝で、明け7歳となった今年も活躍が期待されるところだろう。

そのタッチミーノットは父がダンスインザダークで、母がミスプロ×Northern Dancer×Buckpasser。これはちょうど、去年の勝ち馬フェデラリストの配合(*エンパイアメーカー×ダンスパートナー)をくるりと裏返したような配合。夏の花であるほうせんかが、厳寒の芝に随分と鮮やかに咲いたものである。

ところでこの馬の名を目にする度に脳裏に蘇るのが、ホゲットミーノットという牝馬のことだ。ホゲットミーノットとはForget-me-not、つまり忘れな草である。

90年代初頭に走っていたホゲットミーノットはカブラヤオーの仔で、3歳1月から7歳まで60戦5勝をあげた女丈夫。キャリア後半には当時開業して間もない国枝厩舎に転厩してステイヤーズS等にも出走しているが、むしろ思い出深いのは、堀井騎手を背にダート戦でいつも後方から難儀そう追い込んでは届かない姿の方だった。不器用で寡黙、そんな形容をしたくなるようなホゲットミーノットは競馬場に行くとよく走っていて、現役時に応援していたわけでもないのに、引退したときには寂しさを感じたものだ。

ホゲットミーノットのボトムラインを辿って行くと、7代母の*ソートウェーヴに行き着く。*ソートウェーヴは1930年(昭和5年)にイギリスから輸入された牝馬で、帝室林野局札幌支局新冠出張所で繁殖生活を送っている。

明治初期、北海道開拓団が日高地方に繁殖している野生馬を発見し、これを放牧管理するために広大な牧場が作られた。これが開拓使廃止後の明治16年に宮内省に移管され、後に下総御料牧場と並ぶ新冠御料牧場となるのだが、昭和3年から昭和16年までは帝室林野局が所管して「帝室林野局札幌支局新冠出張所」と呼ばれていた。*ソートウェーヴはこの時期に輸入された、いわば”もう一つの御料牧場牝系”なのである。

新冠御料牧場は戦後競走馬の生産から撤退して乳牛の品種研究を目的とした牧場に生まれ変わったが、当時西欧から繁殖資源のみならず飼育・育成技術を導入し、日高地方に於ける馬産の底上げに大きく貢献した。

*ソートウェーヴから4代目のケイスイの血統を見れば、新冠御料の牝系に下総御料の名種牡馬・月友、小岩井農場のミナミホマレと並び、戦前の生産史が凝縮したような趣である。

そんな歴史あるボトムラインだが、残念ながら近年ほとんど活躍馬は出ていない。ホゲットミーノットも産駒に目立った成績はなく、現在はブルーアリュールという後継牝馬が繁殖入りしてラインをつないでいる程度だ。とはいえ長い年月が大河のように流れ過ぎようとも、感情とともに記憶に刻まれた馬の姿というものは、なかなか忘れられない。

春に可憐な青い花を咲かせる「忘れな草」という名とは裏腹の、垢抜けないレースを続けていた彼女もまた、そんな愛すべき一頭だった。

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