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三重奏

「ついに」や「やっと」という表現がこれほどに嵌る勝利というのも、なかなかあるものではないだろう。

Orbが泥んこ馬場での消耗戦となったケンタッキーダービーを勝利し、ついに、やっと、フィップス一族に薔薇のレイをもたらしたのである。

SeabiscuitやBusanda、Buckpasser、などの名馬をその生産馬リストに並べる名門フィップス一族が、なぜか届かなかった勲章がケンタッキーダービー。

57年、1番人気に推されたBold Rulerは距離の壁か4着。

65年の*ダッパーダンは惜しくも2着。

あるとき、Bold Rulerの幼駒2頭を他の生産者と分け合うことになったオグデン・フィップスは、コイントスで勝者となる。そしてオグデンに「選ばれなかった」方の牡馬が、後にBold Ruler産駒で唯一のダービー馬となった。1973年のクラシック3冠馬Secretariatである。

Easy Goerと*オウインスパイリングの有力馬2頭で戴冠を狙った89年は、かの*サンデーサイレンスの闘志の前に2着と3着に敗れた。

2010年の勝ち馬Super Saverは、フィップス家がWinstarに売却した牝馬から産まれたヒーローだった。

ついに、Orbによってその悲運の連鎖は終わりを迎えたのだ。

ついに、という言葉はOrbをディニー・フィプスと共有しているスチュアート・ジャニーにも同じように当てはまるだろう。後に本邦で種牡馬となる*コロナドズクエストを所有していたジャニーは、ケンタッキーダービーの前哨戦としてフロリダダービーに同馬を出走させた。しかしコロナドは気性の悪さが災いしてレース前に消耗してしまい、惨敗に終わる。この敗戦で「あのとき以来」の失望を味わったジャニーは、チャーチルダウンズ行きを諦めることになったのである。ちなみに「あのとき」とは、彼の両親が所有した無敗の名牝・ラフィアンが、Foolish Pleasureとのマッチレースで命を落としたときのことだ。

ついに、という言葉はOrbを調教したMcGaughey調教師のためであったかもしれない。フィップスのEasy Goer、ジャニーの*コロナドズクエストを管理し、何れの時も悔しさの深淵に沈んだトレーナーこそ、他ならぬMcGaugheyだったのだから。

そして3者には共通した哲学があった。ケンタッキーダービーは出るだけでは意味はない、と。

名著『名馬の生産』はフィップス一族の章を、「ディニー・フィップスは一流馬を生産し始めているものの、彼が一人前になるにはまだ時間がかかるだろう」と結んでいる。ヒューイットが21世紀版を記すとしたら、この結びはOrbの名と共に書き換える必要があるだろう。

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