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キケンな成功物語

「24時間365日死ぬまで働け」みたいな内部文書が出て批判されたところで、いまさらワタミの社長の考え方が変わるとは到底思えない。

なぜなら、彼が経営者として確信犯で言っているわけではなく、素で”お客様のために自分を削って働くのが幸せだ”と思っているからだ。

ワタミに限らずこういう社風を是とする会社の話を聞くにつけ、想起されるのはいじめに関する議論だったりする。そこでは必ず「私はこうして乗り越えた」「逃げないで立ち向かえ」というような方向からの意見が存在するが、これがいかに危険を孕むアドバイスであるかは、当の本人は気づいていない。

危機的状況から逃げずに生還した成功譚というのは、つまるところ「結果的にサバイブできた人」だから語れる結果論であることが多い。例えば学校でのイジメがあったとして、それに立ち向かって戦い、助けてくれる大人が登場したり相手が気持ちを入れ替えてくれたりして、ハッピーな解決に至るケースもあるだろう。そうして生き延びた人が語る経験は、決して嘘をついているわけではないし、同じ苦しみの渦中にいる人々に対して何とか役に立ちたいという気持ちから発せられるものだ。

ただ、1%の生き残りが語る成功譚に、普遍性はない。環境も能力も人間関係もストレスコーピング(対処スキル)も違う。たまたま運がよかっただけかもしれないのに、自分がこう考えこう努力したから上手く言った、という解釈になる。戦場で敵陣に向かって突撃し、ひとり生き残った兵士が「勇気を出して弾幕の中に飛び込めば生きて帰れる」と言うようなものだ。

マッチョな方向から語られる精神論も役に立たないのは同じだが、自己犠牲を強いる無自覚な成功譚は、だから別の意味でタチが悪いと思う。

ワタミの社長も似たものに見える。彼がこれまでに、身を削って努力をしてきたのは事実だろう。自らの労働環境なんてクソ喰らえ、お客様のために自分の時間も何も犠牲にして今の位置に上り詰めた。だから100人どころか何万人にひとりの成功を収めたのだと思う。それが故に彼の言葉には嘘はない。嘘がないからある種の説得力もある。説得力があるから余計に危険なのである。

そもそもイジメやDV、虐待など常に強いストレスに晒され続けている人は、自分の将来を選択したり環境の可塑性について考えたりすることがとても困難だ。これを”パワレス状況”というが、この基本的な考えをしかし、福祉業界にも手を突っ込んでいるワタミ様が理解しているかは、甚だ疑問である。企業の労働環境とアビューズとはレベルの違う話だと言われるかもしれないが、一方的な力関係の中で負荷される強い圧力という意味では同じ平面上に在る話だろう。

自分の身内にも外食関係に従事している者がいて、幸いな事に黒くはないようだが、もし色が濃くなってきたら迷わず「逃げていいよ」と言うと思う。

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