凱旋門賞が「競馬」になった日
というわけで、今年も凱旋門賞が終わった。
スタート前は去年書いたエントリとほぼ同じ心境にあったのだが、実際にTreveの圧勝を目の当たりにして一晩が明けてみると、レース前後でかなりの変化があったことに気づいた。
『優駿』の海外競馬コーナーやNiftyの海外競馬フォーラムで伝えられる断片的な情報を貪っていたころ、凱旋門賞なんて大げさではなく、現実的ではなかった。それから数年、*タイキシャトルや*シーキングザパールがG1を勝ってもなお、ヨーロッパの2400路線というのはまだまだ未踏の高峰だった。
だから*エルコンドルパサーがサンクルー大賞典やフォワ賞を力で勝ち切った時、ものすごい衝撃を受けたものだった。凱旋門賞では*モンジューと真っ向勝負で競りあって、見えなかった景色がいきなり目の前に現れた高揚に絶叫し、逃したモノの大きさにその夜は眠れなかった。
それから世紀をまたぎ、ディープインパクトが敗れた。この馬で勝てなければ当分は無理だ、そう感じていたから落胆した。
ナカヤマフェスタが再び頂点に迫り、そして昨年はオルフェーヴルが栄光をほぼ手中に収めた。収めかけたそれは、手のひらで掬った水のように、するりとこぼれ落ちていった。
今年リベンジを期したオルフェーヴルと、ダービー馬キズナの挑戦は、素晴らしき地元の牝馬の前に敗れ去った。
エルコンの2着から14年、何かがかわっただろうか?
着順は同じだ、しかし確実に変わっていることを今感じている。すでに日本馬の強さは所々で証明され、凱旋門賞にいわば「未知のゲスト」として参加しているわけではない。前哨戦を制した2頭が参戦して、「善戦したこと」ではなく「勝てなかったこと」がニュースとなっているのである。
さらに言うと、昨年と比べても今年のほうが勝利の手触りは感じることができた。
驚くべき末脚で先頭に立ったオルフェーヴルと、それをさらに差し返す*ソレミアのレースは、もう二度と再現できない、ある種偶然の賜物にも見えた。
今年はTreveの強さもオルフェやキズナのレースぶりも、偶然ではなく蓋然的な、現実的なそれに見えたのだ。
それは言い換えれば、凱旋門賞が自分にとって、「偶像」から「競馬」へと変わったことと同義のようにも思える。
何を書きたいのかわからなくなってきたが、オグリキャップ後期から競馬を見てきた自分にとって、今年はひとつの節目になっているのは間違いない。キズナと武豊という”大きな物語”の総集編を見て、トウカイテイオーがこの世を去り、凱旋門賞の憑き物が落ち始めた。別に競馬を辞めようというつもりはないが、今までとは同じ景色は見られないのだろう。無論、それがネガティヴなものだとは限らないと信じていたい。
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