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エルコンは「日本馬」だったのか

少し遅れた話題になるが、*エルコンドルパサーが平成26年度の顕彰馬として選定された。JRA60周年の特別ルールで投票者は最大4票(例年は2票)を投じることができたため、”下駄を履かせてもらった感”がないわけではないが。

ご存知のように*エルコンドルパサーは年度代表馬においてもこの顕彰馬表彰においても、「エルコン問題」とも言えるべき議論を関係者やファンの間に巻き起こしてきたが、このネタはもうネット回線が擦り切れるほどされてきているし、今更ここでどうこう言うつもりはない。エルコンのファンのひとりとして、素直に喜ぶだけである。

ところで、私が当時*エルコンドルパサーを追いかける中で自問自答していたのは、「世界の競馬という枠組みにおける日本馬とは何か」という命題だった。

生産地が日本だからといって日本馬という定義ではないだろう。例えばニアルコス一族がノーザンファームで生産したShiva(父*ヘクタープロテクター×母*ランジェリー)は、エルコンの凱旋門2着と同じ1999年にタタソールズゴールドカップを勝っている。これは日本国内生産馬による記念すべき初海外G1勝利であったけれど、日本馬の快挙という捉え方はもちろんされなかった。

日本のオーナーブリーダーが北海道で生産した父内国産種牡馬の期待馬を毎年フランスに連れて行き、当地で大活躍したらどうだろうか。1990年前後のシンボリ牧場がルドルフの仔で実践していたこの手法、もし成功していたらそのシンボリ馬は日本馬として受け止められただろうか?

では日本調教馬ならどうだろう。ダーレー・ジャパンが自家種牡馬で生産した馬を日本で2歳時にデビューだけさせ、その後ドバイに長期滞在させたとする。そして現地で素質を発揮した同馬が外国人騎手を背に2年後のワールドカップを勝った場合、その勝利は日本馬のそれとして喝采を集めるだろうか?

配合マニアの日本人オーナーブリーダーが、アイルランドの片田舎まで追いかけて手に入れた牝馬に大胆にもKingmamboを配し、アメリカで生まれた牡馬。3歳まで日本で走り翌年はヨーロッパへ、日本人騎手と共にサンクルーを勝ち凱旋門賞を2着したら、これは日本馬の快挙なのだろうか。

*エルコンドルパサーは「日本馬」だったのか。私の答えはYESだった。産地や調教師やキャリアといった外部要因にのみ規定されるのではない。日本でのレースを見て、エルコンの走りに、あるいは渡邊隆オーナーの営みに、自分が何かを感じたから。フランスで勝てば誇らしく、負ければ悔しかった。ただそれだけのシンプルな理由だった。

種牡馬や繁殖牝馬といった馬産資源のみならず、騎手や馬主までもが国境の枠を超える流動化した時代に、どの国の馬だと拘る意味はないという見方もあろう。それでも競馬が単なる数字や記号のゲームではなく、ファンの心をときに大きく揺さぶるのは、1頭の馬に「想い」を乗せられるからに他ならない。

ボーダレスだからこそ、個の想いでしか規定されないものもある。

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