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凱旋門雑感’14

フジの中継を観ただけなので細かい分析は全然出来ていないが、このレースくらいは回顧的なモノを書いておかないと、このままフェイドアウトしそうなので。

陳腐なレトリックを使うとすれば、一昨年と昨年の凱旋門で日本馬は、”競馬に勝って勝負に負けた”結果だった。

一昨年はオルフェーヴルがゾッとするような末脚で他の出走馬を撫で切った。最後は斜行の末に*ソレミアの後塵を拝したとはいえ、その能力の高さは誰しもが認めた。
昨年はオルフェと当年のダービー馬キズナが、前哨戦を制した。本番ではTreveの驚異の脚に屈したが、レースを通じて衆目を集めたのは日本馬だった。

勝負には負けたが力は通用する、だから強い馬が遠征すれば勝てる・・・観る者の中に、ある種の到達感が、無意識に醸成されていたように感じる。

今年出走した3頭の陣営にそんな油断があったと言うつもりはないが、少なくとも、発走直後の位置取りを観て、これは勝ちはないなとは思った。


日本の競馬では、部分が全体を凌いで勝つこともできる。競っての強さでも大外一気の瞬発力でもロングスパートでもいいが、ひとつの武器が傑出していれば大レースを制することもできる。

しかし凱旋門賞が、それでは勝てないことは、我々も長年の経験の中で学んできたはずだ。騎手のスキルや仕上げや折り合いを含めた基本的な戦闘力が前提であり、その上に必殺の「武器」があって初めて勝負になる。

「自分らしい競馬」という、心地良い響きの言葉が持つ誤謬が、そこにあるのではないだろうか。

Treveがなりふり構わず好位のインを取り、そこを何が起ころうと譲らず、そして直線で抜け出す。戻ってきた愛馬で勝利した大ベテランのジャルネが、人目を憚らず涙を流す。その姿を観て、もし自分が敗因を問われたら「気迫負け」としか答えようがないと思った。非論理的だと批判もされようが、それ以外の言葉がない。

まあ、負けて残念ではなく、なぜ負けたのかが議論されるのだから、それはそれで歩みが前に進んでいる証左、と思いたいが。

最後に。日本の競馬は凱旋門を勝つためにやっているのか?という疑問の声をTLで見かけたが、そう言いたい気持ちはわかる。でもまあ、日本の競馬界(ファン含め)がここまで凱旋門賞コンプレックスを拗らせちゃったんだから、気が済むまでやればいいんじゃないかな。そして毎年言っているが、拗らせてすぎてレースを観るのが苦しい自分を、早く楽にしてほしい。

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