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物語を紡ぐ者

橋口弘次郎師の功績を思い出そうとすると、あの包み込むような笑顔がまず脳裏に浮かぶ。そしてその後に出てくる馬名が、なぜか渋いところばかりになるのが不思議だ。

たとえばツルマルモチオー。

大崎昭一や田島信行といったいぶし銀のベテランとコンビを組み、短距離戦線で地道に走り続けた彼は、引退後も新潟競馬場などで誘導馬として活躍した。同時期に活躍したミマタオーが宮崎の地名「三股」に由来するのと同様、モチオーは都城の丘陵「母智丘(もちお)」に由来するのだが、そんなところに師とオーナーの郷土愛を感じたことが、この馬を印象深く覚えている理由なのだろう。

たとえばバトルタイクーン。たとえばキュンティア。

いずれも重賞に出走した経歴があるとはいえ、大きなタイトルを獲ったわけでもない馬たち。それでもなぜかその走りと名前を鮮烈に覚えている。

しかし今になって考えてみると彼ら彼女らも、橋口師が大事に紡いできた大きな物語の欠かせないピースであることが理解できる。

母智丘から望む故郷への想いを共有したであろう「ツルマル」のオーナー鶴田任男氏とのコンビでは、後にツルマルボーイで安田記念を制している。父のダンスインザダークも、母のツルマルガールも橋口師の管理馬だったことは周知のとおり。

バトルタイクーンで縁(えにし)を得たこの牝系から、後にハーツクライを任されることになる。そして後年、そのハーツクライ産駒ワンアンドオンリーでついにダービーを獲ることになった師だが、オーナーのノースヒルズ前田氏との関係の始まりはキュンティアだった。

今夜はゆっくりと、橋口厩舎の馬たちのレースを見返すことにしようと思う。ロゼカラーから始まったバラ一族の悲喜も、これまた九州の馬主であるカノヤザクラの快速も、テイオーを差しきったレッツゴーターキンの追い込みも。どれもこれも、周囲を包み込むあの穏やかな笑顔で紡いできた、人と馬の物語なのだ。

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