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ピエレットはそっと微笑んだ(1)

その勝利を、キャンバスの中で物憂げな表情を湛えたピエレットは、どこで観ていたのだろうか。どんな気持ちで観ていたのだろうか。

21回目を迎えたドバイ・ワールドカップは、2年前のケンタッキーダービー馬カリフォルニアクローム(California Chrome)が圧倒的な強さで他馬を捩じ伏せ、昨年2着の雪辱を晴らした。名牝Numberd Accountの近交を持つ母に、父は重賞未勝利のマイナー種牡馬Lucky Pulpitという血統は、意趣を感じて興味深い。

その数時間前には、日本から参戦した*ラニがUAEダービーを制した。こちらは秋の天皇賞を勝った*サンデーサイレンス産駒ヘヴンリーロマンスが、アメリカでトップサイアーのTapitを配されて産まれた芦毛馬である。

両馬の父系はいずれもPulpitを通じてA.P.Indyに遡上するが、そのA.P.Indyのオーナーは日本人の鶴巻智徳氏だった。

鶴巻氏は鉄工所の経営を出発点として建設業や不動産取引で事業を拡大し、さらにリゾート開発などによって躍進を遂げた人物である。1980年代前半すでに地方と中央で馬主となっていた鶴巻氏は、リンドという冠名を使うなど数多くの競走馬を所有している(デルマークラブ名義含む)。中でも「伝説の馬喰」との異名を獲った佐藤伝ニ氏とのコンビで見出した馬たち、*プリンスシン(京都記念)や*リンドシェーバー(朝日杯3歳S)らの活躍は特筆されるべき成果といえるだろう。

極めつけは90年にアメリカで290万ドルというセール最高価格で落札した牡馬だった。父に米3冠馬Seattle Slew、母の父もこれまた米3冠馬Secretariat、兄にSummer Squall。アメリカ競馬のエッセンスとも言える血統の持ち主こそ、後にニール・ドライスデール厩舎にてその類まれなる才能を開花させるA.P.Indyである。92年にはベルモントSやブリーダーズカップ・クラシックを制すなど北米の王道・ダート中距離路線で主役を張り、見事その年のエクリプス賞年度代表馬に輝いた名馬中の名馬だ。

A.P.IndyのA.P.とは、鶴巻氏が大分県日田市に建設した総合レジャー施設「オートポリス」の頭文字である。その中心はF1アジアグランプリ開催を目標としたサーキットであり、氏のモータースポーツにかける情熱は、スポンサーには飽きたらずサーキットそのものを造ってしまう境地にまで至ったわけだ。無論、そこにバブル景気という出力過多の孵卵器が介在したのは言うまでもない。

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