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それでも道は続いていく(後)

そのファンタジーSが行われる3週間ほど前、ある偉大なホースマンが生涯を閉じた。ロンドンブリッジの生産牧場である下河辺牧場の創業者、下河辺孫一である。

下河辺家は江戸時代から続く医者の家系だが、明治以降は政財界に多くの人材を排出する名家として知られる。例えば、孫一の父・健二は日本鉱業の社長を務めた日産コンツェルンの重鎮、弟の三史は芦田総理の嫁婿にして、現・日立ハイテクノロジーズ社長。姉のやさは山下汽船(現・商船三井)乗務の漆野寿一に嫁いだ。従兄弟の下河辺淳は次官まで上り詰めた建設官僚として国土開発に辣腕を振るい、退官後も大きな影響力を持ち続けたとされる。

孫一は獣医師として宮内省の御料牧場で勤務した後の1933年、千葉に下河辺牧場を開業した。北海道日高の分場開設(1966年)や成田空港建設に伴う移転(1975年)などを経て、牧場の代表を継いだのは孫一の長男・俊之。そして現在は、俊之の子である行雄と隆行が繁殖と育成の任を負い、本邦に於ける老舗牧場の一つとして活躍馬を送り続けているのは周知のとおりである。

孫一の長女である牧子は心理学者として活躍する一方、ドイツ文学者の小澤俊夫と結婚した。小澤俊夫は、世界的な指揮者として有名な小澤征爾の兄にあたる。

そして俊夫・牧子夫妻の子が、小沢健二だ。

 

ロンドンブリッジは3連勝の後にしばし休養に入る。明けて3歳、叩き2戦目で迎えた桜花賞では、松永幹夫騎手を鞍上にケレン味なく逃げまくったが、ゴール前で武豊とファレノプシスに差し切られて惜しくも2着に敗れた。

結果的にロンドンブリッジは、次走のオークス(11着)が最後のレースとなって現役を引退する。そして生まれ故郷で繁殖となり、初年度に送り出したダイワエルシエーロが母の6年後にオークスを制して、叔母や母の成せなかったG1のタイトルを下河辺牧場に持ち帰ることになった。

*オールフォーロンドンを本邦の祖とするこの一族は、この他にもナリタオンザターフ(名古屋優駿)やビッグロンドン(5勝)、ビッグプラネット(京都金杯)、ダイワディライト(7勝)などコンスタントに活躍馬を生んでいる。ダイワエルシエーロから数えて11歳下の半弟グレーターロンドンもまた、マイル路線で底を見せないレースを重ね、この牝系の非凡な才能を証明し続けている。

 

ロンドンブリッジとその一族の活躍を見ることなくこの世を去った下河辺孫一。小沢健二は翌1998年、亡くなった祖父に捧げた作品『ある光』でこう詠っている。

<この線路を降りたら 海へ続く川 どこまでも流れるのか?
                                   今そんなことばかり考えてる なぐさめてしまわずに>

ぼくらが歩いて行く先に何があるのか、誰もわからない。わからないけれど、自分の中の光がきっと照らしてくれるのだ、と。

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