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ピカレスクコート

競馬を題材とした小説は古今東西あるが、その多くは騎手を始めとする競馬関係者を巡る物語であることが多い。例えば「本命」「大穴」など2文字シリーズで知られるディック・フランシスの作品群、あるいは映画化された宮本輝の「優駿」、蓮見恭子の「無名騎手」「女騎手」などがその代表例としてあげられよう。

そんな中で異色とも言えるのが、小川洋子の短編集「いつも彼らはどこかに」に収められた作品「帯同馬」である。

一流馬が海外などへ遠征する際、その精神的安定のために同伴する帯同馬は、競馬ファンには知られた存在だ。しかしこの作品の主人公は競馬には全く縁のない食品デモンストレーターの女性で、たまたま新聞で目にした帯同馬の記事に強く惹かれてゆく。

名馬に寄り添うためだけに海を渡る帯同馬。そこに奇妙なシンパシーを感じながら、主人公の生活が微妙に変わっていく(あるいは変わらない)さまが静かなタッチで描くかれていくのだが、おもしろいのは実在した競走馬がそのまま物語のモチーフになっているところだ。登場するのはディープインパクトの凱旋門賞出走に際して帯同したピカレスクコートなのである。

ピカレスクコートはディープと同じ金子真人オーナーの所有馬。渡仏した際にはダニエル・ヴィルデンシュタイン賞(G2)に出走して2着に入り、帰国後にはダービー卿CTを制して重賞ウイナーとなっている。ジェイドロバリー(翡翠泥棒)の産駒にピカレスクコート(悪漢のコート)という命名も、金子オーナーらしいウイットが効いていてなかなかおつなものだ。ちなみに母系を遡上すると*フラストレートに行き着くから、小岩井牝系の末裔ということになる。

「帯同馬」の中でピカレスクコートは、自分が主役ではない物語の中で黙々と自分の仕事をこなし、誰かに寄り添うものとしてのメタファである。血なまぐさい事件も欲望に駆られたギャンブラーも登場しない作品だからこそ、実在した競走馬の登場が許容されていよう。しかし同時に平凡な女性の日常を、帯同馬という存在をシンクロさせることでじわりとした味に仕上げるのはまさに小川洋子の真髄ともいうべきで、なかなか佳作が揃う作者の短編の中でも、個人的には好きな一編。

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