二文字の紙切れ
そこにはたった二文字だけが、しかし力強く、書かれていた。
<合併>
二文字を受け取った男は、そこに込められたメッセージを即座に理解した。経営理論を学ぶセミナーで机を並べていた二人は、お互いの熱意に通じ合うものを感じていたからだ。そしてこの「紙切れ」が、後に日本の流通小売業界を大きく変えることになる。ファンの評価をあざ笑うように走った稀代の癖馬・カブトシローが有馬記念を逃げ切った、昭和42年12月のことだった。
「紙切れ」を渡したのは三重県を地盤とするスーパー岡田屋の、岡田卓也。受け取ったのは兵庫県でフタギという小売店を展開していた二木一一。もともとローカルチェーンの枠組みを超える発展という命題を共有していた両者はこれをきっかけに手を結び、大阪のスーパー、シロを含めた三社の業務提携が実現した。
これが数年後に総合スーパー「ジャスコ」となり、その後多くの企業を巻き込みながら現在では300以上の関連会社を抱える巨大なイオングループの出発点となった、「伝説の紙切れ」と呼ばれるエピソードである。
二木一一氏の次男である二木英徳氏は長年にわたりジャスコの発展と経営に奮迅し、社名がイオンに変更された後の2代目社長を努めた。現在は同社の名誉会長を務めるほか、日本体操協会会長などの要職も歴任している。その二木氏がセレクトセールに参戦して話題となったのは2016年夏。翌2017年には母*ファイナルスコアの牝馬(父ディープインパクト)を1億6,740万円で落札して衆目を集めた。
その*ファイナスコアの仔ノーブルスコアは、先のデビュー戦で2着に敗れたものの、高い素質を垣間見せるレースぶりに将来が嘱望される。
ファイナルスコアを除く所有馬には「エイカイ」という冠名を用いている二木は、ネヴァブションやストレイトガールのオーナーとして有名な廣崎利洋氏と旧知の仲であり、馬主への進出にもおそらく廣崎氏の影響が大きいのではないかと推察される。預託先の中心が藤原英厩舎というあたりもその証左となろう。
ところでジャスコ=JUSCOという社名は「日本ユナイテッドストアーズ」の英語表記「Japan United Stores Company」の頭文字をとったもので、1970年(昭和45年)に岡田屋・フタギ・シロの三社が合併する際に社員からの公募で選ばれた経緯がある。
3000通近い応募から絞られた佳作群には、サンライト、栄光、ユニオン、ワールドなどがあったという。そこから最終的にジャスコが選ばれたわけだが、その命名者は、二木英徳氏の妻で、デザイナーとして活躍していた二木アトリエ研究室長だった。
図らずも身内の案が採用されたことから、フタギの二木一一社長が岡田屋の岡田社長に賞金の辞退を申し入れたという逸話が残されている。余談だが、ジャスコの初代社長に就任したその岡田卓也社長は、元民主党代表の岡田克也氏の父にあたる。
さて、二木英徳氏が馬主としてどのような結果を残すのか、まだわからない。
ただ、「エイカイ」という冠名が”人名の愛称”だと知るとき、それは未知の海原へと出帆する彼らの船に「ジャスコ」という名を授けた妻への、リスペクトと感謝のあらわれに違いないと想像が膨らむ。
英徳氏の妻の名は榮海(えみ)。エイカイなのである。
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