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果ての春雷 ~早田牧場略史 番外編

朝から静かに降り続いていた小雨が止み、雲の隙間から薄日が差した。聞こえるのは秋の訪れを告げる虫の音だけだ。私が立っていたのは福島市の北に位置する桑折町北半田、かつて資生園早田牧場を営んだ早田家の旧邸宅である。

90年代の競馬界を席巻した早田牧場の略史を書いたのは、もう7年以上前になる。いつか訪れたいと思っていた旧早田邸は、福島市から北へ向かう国道4号線を半田山方面に向かって左に折れ、歴史ある旧羽州街道を5分ほど走ったところに在った。

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かつての名家も今は、近くの半田銀山史跡公園に案内がなければ気づかず通り過ぎてしまうほど、ひっそりとそこに佇んでいる。 人の気配はなく、塀の向こう側は時間が止まっているような錯覚すら覚える静寂。   
   

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この桑折の地を出発点として早田牧場は誕生し、北海道に拠点を移して勃興した。そして90年台には社台グループを脅かす存在として時代を牽引したのだ。
門前に立ち息を深く吸えば、名馬たちの思い出が蘇る。ビワハヤヒデ、ナリタブライアン、ビワハイジ、シルクジャスティス、マーベラスサンデー、マーベラスクラウン、レオダーバン、シルクプリマドンナ・・

旧家らしい門構えの早田邸と、それを見下ろす半田山は、そんな熱狂の時代を知らぬかのように、何も言わず存在していた。

その後、旧早田邸を後にし一路南へ、ノーザンファーム天栄に向かった。出資馬の見学の途中、厩舎の横手に停めてあった馬運車に思わず目を奪われたのは、車体の側面に赤く「天栄ホースパーク」と書かれていたからだ。

早田牧場の栄華も、その前線基地として天栄の地に拓かれた天栄ホースパークの名も、次第に歴史の渦に飲み込まれていくのかもしれない。それでも90年代の競馬の熱さにはなくてはならない存在だったし、それを体感した自分は幸せだった。

秋雷を予感させる曇り空を見上げて、そう思った。

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