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星明かりは見えずとも(1)

「プチャーチンの黄金の馬」を巡る小さな出会いから5年の年月が流れた。残念ながらその後あのベレー帽爺さんの顔は見ていないが、縷々流れていく日々を踏みしめて生きていると、ご褒美だろうか、ときどき面白い巡り合いがあるものだ。

北西からの風が冷たい12月の初旬の夜だった。ひさしぶりに立ち寄ったBergの店内は、その日も勢いよく弾かれたビリヤードの玉のように、まとまりがなく雑然としている。しかしその無秩序なざわめきがむしろ心地よく、マスタード抜きのホットドックとビールを喉に流して澱んでいた気持ちを宥めると、私はクリアファイルに挟んであった1枚の紙を取り出した。

まだ活躍馬と呼べるほどの産駒には恵まれていないものの、現役時には重賞にも出走経験がある繁殖牝馬だ。ちょっとした縁から来年の配合候補を考えてみないかという話が舞い込み、私はプリントした彼女の血統表を眺めてはあれこれ想像を巡らせていたのだった。

「あの、すいません」と後ろから声をかけてきたのは、同年代と思しき黒縁メガネをかけた男性である。カウンターに置かれた血統表に気づき、つい話しかけてしまったという彼と話をしてみると、今はライターをしているが若いころは北海道の生産牧場で働いた経験もあるそうだ。

「いや難しいですよね、テイオーは」

そう、配合を考えていたその牝馬の父は、私にとって唯一無二の存在であるトウカイテイオーなのだ。 難しいと言いながらクロブチさんは、血統表をじっと睨んである一点を示し、このあたりを抑えたらどうかな、などと種牡馬選びのヒントをつぶやく。この人タダモノじゃないなと驚きながら血統談義をしていると、話はさらにディープな方向に進んでいく。

「私はマックイーン派だったんですが・・テイオーはこれが美しくて」
カバンから取り出したタブレットを慣れた手付きで操作すると、トウカイテイオーが内包するスピードシンボリ(ルドルフの母父)と、母系の5代前に位置するAtlantidaという牝馬の血統表を並べ、架空配合として表示させた。Orthodox≒Olympian Queenという全姉弟クロスを核にしつつ、HyperionとNearcoとPretty Pollyが時を超えて織りなす相似の美がそこにあった。

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私はなぜか、テイオーがパドックで見せた優美な歩様と風に揺れるたてがみを思い出し、そのころの自分の気持ちが蘇ってくるような感覚にしばし浸った。その想い出は美しくほろ苦い味だった、ちょうど眼の前のビールのように。

そうしているうち、背後の小さなテーブルが空いたので、向かい合って座ることになった。話し方に東北訛りの名残りがある気がして出身を訪ねてみると、クロブチさんは岩手だという。盛岡・水沢の競馬場で連続した禁止薬物検出に話題が移るや彼は、空いた皿を見つめながら首をかしげ、憂いの表情を見せるのだった。

「事件なのか事故なのか、真相はまだわかんないですよ。でもね、岩手の競馬を潰しちゃいけないんです…みちのく大賞典って知ってます?」

メガネの向こうの瞳には、憂いだけでなく、決して譲れない決意の光が宿っていた。

(続く)

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