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2019年5月

三里塚のマロニエ(3)

御料牧場の敷地内に建設された御文庫。

成田市の資料によれば、昭和13年頃から、地元では「秘密の防空壕が造られるようだ」との噂が流布していたという。実際にその建設が宮内省から建築会社の 間組(はざまぐみ)に建築が発注されたのが昭和16年、そして完成したのが同年12月8日と記録されている。日本海軍がオワフ島の真珠湾を攻撃し、アメリカとの全面戦争に突入したまさにその日である。

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三里塚のマロニエ(2)

北総台地の三里塚(=現在の成田市三里塚)に開かれた下総御料牧場は、この*ダイオライトと*トウルヌソルの2枚看板種牡馬、さらに「御料牧場の星の牝馬」と称される輸入繁殖牝馬群を擁し、戦前から戦後にかけての本邦馬産界を牽引した。

星の牝馬の末裔から数多の活躍馬が産まれ、競馬史に名を刻んできた事実はここに敢えて記すまでもないだろう。

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三里塚のマロニエ(1)

「…おい、本当に大丈夫なのか?」
その日、横濱海港検疫所に期待を持って集まった農林省や宮内省の高官者たちの間に、思わぬ戸惑いが広まった。当時の価格で18万円、現在の貨幣価値に換算すれば約30億円という巨額の資金を投じて手に入れ、遠い海を渡ってきた名馬が目の前にいる。

ところがその黒鹿毛馬の後脚は、あたかも混沌とした時代の行く末を暗示しているかのように、湾曲していたのである。

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