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歴史を伝えるもの

宇都宮、高崎、足利で行われていたいわゆるキタカン(北関東)3場の競馬は、経営難を主な原因として2000年代に相次いて廃止された。その後、競馬法の改正やネット投票の隆盛によって各地の地方競馬が息を吹き返した経過があるだけに、「北関東のからっ風」の風土で灯され続けていた競馬の火が、公営ギャンブルに対する「逆風」に耐えられなかったのはなんとも残念ではある。

さてこの夏、沼田方面に足を伸ばしたついでに高崎市内に宿泊した機会を利用し、キタカンの一つだった高崎競馬場の跡地に行ってみた。

高崎競馬場は高崎駅から歩いても15分ほどの好立地にあった。私は高崎方面に競馬友達がいたこともあり、90年代には何度も遊びにいったことがあるのだが、残っている印象としては「とにかく居心地がいい」の一言だった(これはキタカン3場どこも同じ)。こぢんまりとしたスタンドでのんびりと競馬を楽しめる。地元の競馬ファンにザラついた雰囲気はなく、メインレースの頃には売れ残った焼きそばなんかが100円で売られていて、売店のオバちゃんも気さくだった。

高崎競馬は2004年12月31日にその最後の日を迎えたが、当日は生憎の降雪となり、メインレースの高崎大賞典が中止となったまま歴史の幕が降りることになってしまった。

廃止後の高崎競馬場は、しばらくはスタンドが残されて場外馬券売り場となり、また馬場内は高崎競馬場運動公園として市民に開放されていた。その後、県がコンベンション施設として活用することとなり、旧スタンドなどは平成28年に解体、令和2年には群馬コンベンションセンターがGメッセが開設された。ただ、地方競馬の場外馬券売り場(BAOO高崎)は移設され、敷地内で営業を続けている。

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(大きなコンベンションセンター GメッセHPより)

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こちらは営業中のBAOO高崎

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敷地全体はこんな感じ

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右手にBAOO、左手にGメッセ、正面の遊歩道はコース跡

コンベンションセンターは競馬場の内馬場にあたる部分に建設されており、私が訪れた日は企業の研修や会議等の予定が入っていたものの、平日ということもあって閑散として雰囲気だった。そしてコースの形状に沿って遊歩道が整備されており、そこがかつて高崎競馬場であった数少ない痕跡のひとつとなっている。

 高崎競馬(あるいは00年代に廃止された各地の地方競馬)の廃止の判断は、当時の社会情勢を踏まえるとやむを得ない選択だったと思う。

ここ15年内に競馬ファンとなった方にとってはすでに「歴史」の中の存在であるキタカンだろうが、現在でも矢野貴之騎手(高崎競馬出身)や森泰斗騎手(足利・宇都宮競馬出身)らが移籍先の南関東で活躍している。

無機質で清潔で大きな群馬コンベンションセンターと、駐車場を挟んで肩をすくめるように佇んでいるBAOO高崎の建物は、残酷なまでに対比的だった。だが懐古主義的な意味でなく、それもまた時代の流れであり、キタカン3場が果たしてきた役割を逆説的に今に伝える声なき声なのだと、晩夏の青空の下で私は感じたのだった。

Dsc_0748 記念馬券は外れ

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