馬*その他

自信とプライド

天皇賞の前日、橋田厩舎ファンの友人と並んで、ポツポツ降り始めた雨に濡れる府中の芝コースをスタンドから眺めていた。秋華賞でディアドラを勝利に導いたルメールの騎乗は今年のベストライドだったね、そんな話をしていた私だが、まさか翌日それを凌駕するようなシーンを見ることになるとは思ってもいなかった。

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タングルウッド物語

3歳牝馬にしてキングジョージと凱旋門賞を圧勝した名牝、Enable。その父NathanielもキングジョージやエクリプスSを制した名馬であるが、Nathanielという馬名の由来は、実質的な馬主であるロスチャイルド夫人の一人息子だったそうだ。

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山野浩一さんのこと

SF作家であり、競馬・血統評論家としてもその名を知られた山野浩一さんが亡くなられた。山野さんで思い出すのは、新橋にあったJRAの「関東広報コーナー」のことだ。競馬にハマり、最も知識に飢えていた1990年ころからの数年、何度その広報コーナーに通っただろうか。資料室で読む昔の『優駿』や出版されていないJRAの資料,、そして山野さんの『伝説の名馬』『サラブレッド血統辞典』、などなど。私には理解が届かないものも多かったが、好奇心の海に漂うかのような心地よさは、今でも忘れえない経験である。

そして久しぶりに「血統理念のルネッサンス レットゲン牧場における系統繁殖の研究」を引っ張り出して読んでいる。山野さんが1986年から『優駿』に連載した記事で、「世界規模の空間によって構成される」アメリカ式馬産と対照的に「歴史を通じて時間的に展開する」ドイツ式馬産の理念と実践を丁寧に紹介したこのテクストは、一部マニアに多大な影響を与えたことでも知られる。山野さんの訃報を受けて望田潤さんと話していたら「血統オタの多くをドイツ血統オタにさせたすごい読み物」と評されていたが、確かにそのとおりだ。

その連載第2回では、レットゲン牧場の牝系の一つとして、ハンガリーが誇る無敗馬キンツェムに遡る「Wライン」が紹介されている。1936年生まれのヴァッフェナルトを中興の祖として戦後多くの名馬を産んだ牝系だが、記事中で紹介されているドイツ1000ギニー馬ウエルプローヴドの末裔であるヴィントシュトースが、今年のドイツダービーを勝った。

ウエルプローヴド(Well Proved)はドイツ式馬産の「良き証明」であると山野さんは文中で補足しているが、その言葉はそのまま、競馬評論・血統評論のジャンルに篝火を掲げ続けた山野浩一さんの偉大なる功績に捧げたいと思う。

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変える勇気と変えない強さ

ついに、なのか。やっと、なのか
ルメールの見事な騎乗に導かれてレイデオロが先頭でゴールを通過し、藤澤和雄調教師がついに表彰台の上に立つ日が来た。重賞101勝目が念願の日本ダービーである。

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蝶が羽ばたく日

今年の凱旋門賞は、JRAによる初の海外競馬の馬券発売という一つのエポックとなった。

人気の盲点ではとFoundの単複を仕込んだ私は記念すべきレースを的中させることができたが、それは一方で日本から挑戦したマカヒキの敗北を意味していた。

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POG17-18覚え書き

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ダービーの高揚

日本ダービーの出走馬が確定し、出資馬アジュールローズがその中の一頭に名を連ねた。

5年ほど前まで、お手頃価格の牝馬から掘り出しモノを見出すことをひとつのテーマにしていて、ローガンサファイアやバウンスシャッセ、マーブルカテドラルなどは、この系譜になる。
その後、牡馬の中距離馬を狙っていこうと考え、現3歳は4頭をすべて牡馬にした経緯があった。

そうした中でアジュールローズは「ヴィクトワールピサ産駒が走るのはこういうタイプの配合ではないか?」という仮説を立てて出資しただけに、初球のストレートを左中間にキレイに打ち返したような気持ちよさである。

とにもかくにも、ダービーに出資馬が出走するのは初めての経験。
牝馬の桜花賞と牡馬のダービーは、やはり他のレースとはちょっと違う高揚感があって、週初からソワソワしている。

相手はさすがに強いが、晴れの舞台、しっかりこの目で見届けてきたいと思う。

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ピエレットはそっと微笑んだ(4)

さて、オートポリスアートミュージアムから消えた“ピエレットの婚礼”はどこへ行ったのか。鶴巻氏が“ピエレットの婚礼”に巨額の資金を投じたころにはすでに資金繰りに余裕はなくなっており、ノンバンクのアイチ社長・森下安道が不足分を賄ったのは知られた話だ。

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ピエレットはそっと微笑んだ(3)

さて、問題の“ピエレットの婚礼”が落札された1989年11月には、もう一つピカソの絵画がニューヨークでオークションに出品された。

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ピエレットはそっと微笑んだ(2)

ところで鶴巻氏を語るとき、欠かすことができないエピソードのひとつが“ピエレットの婚礼”の落札であろう。A.P.Indy落札の前年、1989年11月にオークションに掛けられた“ピエレットの婚礼”は、奇才パブロ・ピカソが若き日に描いた作品。長い間その行方が知れなかった名画が忽然とその姿を現したのだから、好事家たちが色めき立ったのは無理もない。

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